第1話では犬神という存在がどのようにして起こり、どのような伝承が当時あったのかを大まかにまとめてみました。

これらの情報を整理して考えると「犬神は複数の形、概念のある存在」であると言えるのかもしれません。

多くの記録や情報を辿ってもあまりポジティブなイメージはなく、むしろ憑依であったり、呪詛といった負の要素として、当時から捉えられていた可能性は高いと思います。

しかし、前回の記事では紹介しきれなかったのですが「犬神憑きの家系は富と繁栄に恵まれる」という信仰もあるのです。

この言い伝えは私の地元である四国などではちょっとしたオカルト好きなら意外と知っています。

「犬神憑きによって富と繁栄があるならばいいのではないか?」とも感じるのですが、やはり一部の人々は現在でも犬神の血を避けていたり、犬神憑きと言われた家系には関わらないといいます。犬神という存在は土地柄によって捉え方は少し違っているものの、ほとんどの場合は忌み嫌われた存在になっているのです。

であれば、何故ここまで犬神という存在が、日本の中世から現代に至るまで忌避されるのかを考えていきたいと思います。

犬神は妖怪なのか幽霊なのか?

犬神の正体を考えていく上で最初に疑問に浮かんだのですが、犬神って妖怪なのか幽霊なのか分からないんですよね。というか、神っって書かれるんだから最初は神様の一種なのかな?とも思ったのですが、どうやら神様ではなさそうなんです。

その根拠としては、やはり平安時代の影響が大きいと考えます。

犬という動物を介して人々が犬神を憑き物や憑依をさせる霊として扱っていたという事は、考え方の上ではいわば「幽霊」に近い存在かもしれません。しかし、江戸時代など描かれた絵など出典はほとんど妖怪だとされているんです。この点に少し混乱したのですが、正確には「悪霊」や「式神」というようなイメージが一番近いのかなと思います。

江戸時代のものは後世に東に伝わったものが大多数であり、土地信仰などに犬神という考え方があまりなかったのだと思われます。なにしろ動物の骨を使って河童や人魚の化石を作っていたような時代が江戸時代ですから、そういったユニークさをもった描き方をされても違和感はありません。

犬神を自分自身に憑依させるということは、犬神によって力を得られるという信仰があった訳ですから幽霊寄りです。

しかし、呪詛や呪いのような行為において使われた、つまり使役されたという考え方は、イタコなどが使う管狐などに近いような。そういう視点では怨念によって力を増幅させた悪霊、または使い魔が本来の犬神という概念だったのではないでしょうか?

最初にも書いたように犬神という存在は地域でも認識が異なる上に、民間伝承された土着信仰的な側面が大きいので「犬神とは幽霊である!」といったような括り方にするのは難しいんです。

むしろ、もっと奇妙であり口伝されたり捉え方によって、犬神という存在の定義は分かれるのではないかと思います。

悪霊としての犬神

平安時代に禁止令が発布されたのはおそらく「悪霊」として使役された呪詛などによる犬神という概念だと思われます。

一説によれば、西日本や四国を中心に伝わっている犬神はその起源が同じ憑き物であるキツネと似ていることから、キツネのいなかった地域では犬神が信仰されていったのではないか?という考え方もあります。

平安時代から江戸末期(明治維新の頃)にかけては少なくとも日本の中心は基本的に京都であったことから、西日本において特に四国ではその信仰が濃いのかもしれません。時の政府が禁止するほど、犬神が危惧されてた可能性は充分にあるからです。

犬神が憑くことによって、奇妙な病にかかったり、奇行に走ると信じ込んでいれば忌避されてきたことにも整合性がつくでしょう。

今でも犬神が信じられている土地では普通の医者では治せないことから犬神を堕とすために様々な方法が取られています。

陰陽師と犬神の関わりについて

平安時代に呪詛と言われると、やはり気になるのは陰陽師です。

安倍晴明を始めとした陰陽師と呼ばれた人々が歴史の表舞台で大きく動いたとされるのは平安時代でした。安倍晴明にいたっては官位まで授かるほどですから、朝廷とどれほど濃い関係にあったのかは明白です。

実際の中世に実在した陰陽師は「陰陽寮」と呼ばれる朝廷の機関に所属しており、占いや天文学、暦や時間に関わる編纂の担当をしていたと言われています。

陰陽師と聞くと日本の発祥だと勘違いすることもあるのですが、もともとは中国から輸入された考え方です。

物事において裏表を示す陰陽と、木・火・土・金・水の五大元素(五行と呼ばれるもの)が全てを司るという考え方であり、定説では推古天皇の時代(602年)に百済から倭の国へと渡った「観勒(かんろく)」という僧侶によって聖徳太子などに五行や陰陽道を伝えてから、本格的に日本国内でも根付いたと言われています。

余談ですけど陰陽師の歴史から見ると安倍晴明って意外と後期の人なんですよね。一番有名だとは思うのですが。

さて、話を戻して陰陽師と犬神の関係についてですが、私自身の体験を踏まえても直接的な関わりはなかったものだと思われます。

むしろ、呪詛を使って犬神を憑依させたり、犬神によって困っている人間を助けていた側の立場が陰陽師だったんです。陰陽師は使役した式神を使って様々な問題を解決したと言いますが、十二支という干支の考え以外には犬を使役したというような記録は見当たりません。

また、現代の犬神の家系と言われる人々にも犬神を使ったとされる人々とは直接的な関係があると言われています。

犬神使いと犬神家系の関係

平安時代に大きく知られていた犬神が、何故今も忌み嫌われる存在であるのか?

それは、現代の犬神持ちや犬神の家系と呼ばれる人々の先祖がもともと「犬神を使役していた」からであるという説があります。

勢力の規模や、どこまでの需要があったのかは不明ですが少なくとも「犬神使い」と呼ばれる人々が犬神を使って様々な呪詛を行なっていたことはほぼ間違いないでしょう。

しかし犬神を使役する、犬神を使うという行為は前回紹介したように非常に残酷な方法であり「恨みや怨嗟」をその身に宿すことになります。さらに犬神使いの中には自らに憑依させていたような歴史もあることから、いわば犬神の系譜として子孫までその呪われた行為(実際には呪っていた訳ですが)による罪や影響があるとされているようです。

これらの事から、犬神使いの子孫にあたる家系の人々が過去から現代に至るまで「犬神憑き」として忌み嫌われる結果を招いたのだと考えられます。

犬神による人体的な影響は様々に語られていますが、基本的には呪詛であり、動物霊として扱われています。

それらが現代まで「犬神憑きには何か悪いことが起きる」という言い伝えの元になったのではないかと推測出来ますね。

犬神は妖怪というよりも呪詛による悪霊?

人間の幽霊の話しでも、恨みを持って亡くなった人は地縛霊になり、あの世へ行けずに悪霊化してしまうというような考え方がありますが、犬神に関してはその言い伝えを調べる限り「人工的に作られた悪霊」です。

呪詛という呪いの過程において犬を使ったことから、その怨嗟のちからを根源とし、負の要素を取り憑いた相手にもたらすことで「犬神使い」そのものも忌み嫌われる存在だったのかもしれません。