アヌンナキと人類の創造に関わる考察として、ここまで古代シュメール人が残した粘土板による痕跡とセガリア・シッチンによる解読結果や、後期バビロニア神話に残された、アヌンナキの神としての痕跡、さらに、進化論の落とし穴であるミッシングリンクとホモ・サピエンスの進化の謎などを交えて「アヌンナキ」が複数の宇宙人であり、それらが神として人類に関わった可能性についてを照らし合わせてきました。

その結果、分かったことは

  1. 古代シュメール人から後期バビロニア神話にはアヌンナキという神の存在が残されている事実
  2. 進化論の過渡期において「遺伝子の差」や進化理由に不明な点がある事実
  3. セガリア・シッチンの解読したアヌンナキの人類創造時期とアカデミックに研究されている現生人類の進化の時期がおおよそ重なっている事実

人類の創造という表現をしてしまうと「人間そのものを生みだした」と考えがちですが、実際には「進化の過程において現生人類を生みだした」という方が現実的には可能性が高いと言えるかもしれません。

ここで少し考えておきたいところはセガリア・シッチンによる主張では地球に降りた時に金の採掘のために人間を奴隷や労働力として創造したと言っています。

しかし、シュメール神話やアッカド神話に登場したアヌンナキのエンキは「イギギ」と呼ばれていた小さな神々の代わりに労働力として人間を創造したとされており、この「支配構造」という点においては若干の差があるのです。

ここに重要な問題が隠されているような気にならないでしょうか?

アヌンナキによって聖書や宗教が改変された?

一説によれば、アヌンナキによる支配は世界中の宗教や神話に及ぶとまでいわれています。

宗教は時に、政治的に利用されてきた歴史があることをご存知でしょうか?

例えばキリスト教はもともとはユダヤ教の一派でしたが、一時的に迫害され国に害があるという気運からイエスはゴルゴダの丘で磔にされました。しかし、時代が進んで紀元380年にはキリスト教を主に迫害していたローマによって国教として認められることになります。

現在では政教分離という概念が定着していますが、日本の「日本書紀」や「古事記」において天孫降臨が神からの一族である天皇家に続くように、国をまとめるという意味で宗教は分離、迫害、独立を続けており、今もなお紛争のある中東などでは宗教的聖地であるエルサレムを巡っての戦争が起こっています。

しかし、これらの宗教が本来の形で伝わっていなかったとしたらどうでしょうか?

時代の権力者は宗教を背景に人心掌握を試みます。そのために必要なことは迫害と受け入れのいずれかです。

これがアヌンナキの都合の良いように権力者を通じて改変されてきたとしたら、西暦が立てられた以降の時代にもアヌンナキの影が見え隠れするのです。

また、カタカムナ文献で記載されたアシアトウアンというカタカムナ一族の最後とあれる総領が「天孫一族」に滅ぼされたという事が事実であれば、史書として扱われている日本書紀は「天孫一族とその背景にいたアヌンナキ」によって作られた歴史であり、権力者にとって都合の良い布教、あるいは信仰心を作り上げてその土地(この場合は日本)の人々を操っていたのかもしれません。

同様に仏教、その他の宗教でも多神教や一神教を問わず、神々の中でも善と悪を描かれているものも多数残されています。

悪魔としても有名なあの明けの明星ことルシファーも、もともとは神にもっとも近かった天使だったと言われています。さらにオリンポスの神々に描かれる最高神ゼウス達とタイタン族との争いは肉親同士の争いです。

神話において共通するのは絶対的な正義(まずここに疑問がありますが)とそれに対抗する悪の勢力が必ずと言って良いほど登場するのです。つまり、これはアヌンナキ達の一族が遥か昔の地球において一族同士で戦いを起こしたことの記録だとも考えられます。

こうなると、神々の持つと言われるいわゆる武器や操っているものは「古代宇宙人の兵器」だったのかもしれません。

現にいわゆる神がいるとされるのは決まって天上界やオリンポス、高天ヶ原など、いわゆる地上ではなく空中だとされています。

そもそも、何故空中に神がいるという前提になったのでしょうか?

仮に神話を創った人類が見た景色をそのまま描写しているとすれば、それはすなわち空や宇宙以外にありません。

急速な文明の発達と進歩

日本に限らず、世界ではシンクロニシティのように多発的に文明が進歩することがあります。

紀元前にで言えば約5万年前、現生人類の文明は急速に発展したと化石などの調査から判明しているそうです。これは偉大な飛躍論争と言われており、それまでは後退こそしなかったものの、ゆっくりと進んでいた文明が、なぜか5万年前以降になると、死者の埋葬や衣服制作、狩猟の方法などに明らかな”知恵と工夫”が加わっていると指摘されている問題です。

論争になっているのは、その文明の進歩のスピードであり、明らかにそれまで、それ以降と判断出来るような大きな違いが現在残されてる化石史料などからは発見されています。

また、西暦が幕を開けた頃には、光武帝が中国史上数少ない全土の統一を果たし、ローマではその後、暴君で知られるネロが強大な帝国を築いています。

ちなみに、日本の2000年前と言えば「弥生時代」です。中国の史書に始めて登場する倭の奴国王がこの時代であることを考えると、海外の文化水準が如何に高かったのかを証明しています。(ちなみに、卑弥呼の時代は約1800年前の中国三国時代です)

これらの進歩のスピードは明らかに古代とは異なっており、さらに近代になると冷戦時代のアポロ計画においてアメリカ合衆国がアポロで月に行った際に月面の裏で異星人と会っており、高度な文明知識を得たという都市伝説のような話まであります。

現在、世界中のUMA情報などを探しても「アヌンナキ」を見たという目撃例などはありません。

もし、アヌンナキが地球から月へ移動していればどうでしょうか?近年、米海軍が報告方法を認めた(未確認飛行物体)に乗っているのは実はアヌンナキ達だという可能性もあります。

かぐや姫の謎

日本の童話でありながら、最強にオカルト&SFチックな物語がかぐや姫です。

竹の中から生まれた女の子はやがて美しい娘へと成長しますが、最後は月へ帰るという誰もが一度は聞いたことのある話です。

しかし考えてみてください。

正式名称「竹取物語」は日本最古の物語と言われながら、なぜか異星人という概念が存在しているのです。(かぐや姫が月の住人であることは竹取物語にも記されています。つまり宇宙人。。)

竹取物語の成立は紀元9年頃、源氏物語の中で始めて生まれた話であり、当時日本は「平安時代」です。

いくら諸外国の文明に天文学が発達していたと言えども、異星人という発想は通常ではなし得ない領域だと考えられます。

最後に。アヌンナキは今どこにいるのか?

ここまで、アヌンナキと進化論におけるミッシングリンクなどを辻褄を見つけながら紹介してみましたが、皆さんはこれらを知ってどう考えるのでしょうか?

また、現在の地球においてアヌンナキは一体どこへ行ったのでしょうか?アヌンナキの母星と言われたニビルは遥か昔にこなごなになったと言われています。

地球や月といった天体の中にアンヌナキが潜んでいても我々に知るよしはないのです