※これはかつて、父親が目を離した僅か40秒の間に息子が姿を消した『松岡 伸矢くん行方不明事件』に関する記事の【パート3】です。本記事をお読みになる前に、ぜひとも【パート1~2】をお読みください。

【未解決事件】『松岡 伸矢くん行方不明事件』の真相に迫る -1- 【考察シリーズ】

【未解決事件】『松岡 伸矢くん行方不明事件』の真相に迫る -2- 【考察シリーズ】

伸矢くん失踪後

父・正伸さん 会社を退職、捜索体制へ

事件後、父・正伸さんは会社を辞める決心を固め、自営業に切り替えている。これは捜索の時間を少しでも多く確保するためであった。それからというもの、正伸さんは実に50回を超えるテレビ出演で視聴者に情報提供を呼び掛けた。その中で、正伸さんは自宅の電話番号も公表している。
こうした甲斐あってか、正伸さんの元には次々と伸矢くんの目撃情報が寄せられた。

目撃情報の数々

事件後、伸矢くんの目撃情報は多く寄せられた。その中で信憑性が高いと思われるものを以下に時系列で列挙する。

事件発生(伸矢くん失踪) 1989年3月7日

1990年4月 徳島県の主婦による証言 (徳島県)


"徳島市内で伸矢くんをみた。まず間違いない"

この目撃情報は正伸さん宅の自宅電話に直接入り、正伸さんは電話の女性とその後すぐに会っている。そして正伸さんは、その目撃情報の伸矢くんと思しき人物の特定を徳島県警本部に依頼した。
ところがその後、県警本部からの連絡がなく、待ちわびた正伸さんが連絡を入れる。これについて、この件の担当であった警部は「私の父が亡くなって、バタバタとしていたものですから」と、なんとも他人事で非協力的な態度であった。
こうして、この目撃情報に関してはうやむやになった。

1990年 (山形県)


"米沢市内のデパートの前で、テレビでみた伸矢くんとそっくりの男の子をみた"

この証言を聞いた正伸さんは米沢市に赴き、そのデパートの前でビラ配りをした。すると、ここで更なる目撃情報を得ることになる。

"この子なら上杉公園でみた。公園内の売店にいた"

しかし、これらは有力な手がかりになることはなかった。

「上杉公園」

「上杉公園」という公園は実在しない。
この証言にある上杉公園とは「上杉神社」かつ「松岬(まつがさき)公園」を指していると思われる。地元の人は松岬公園を"上杉公園"と呼ぶのかもしれない。
桜の名所であり、開花時期には多くの人が訪れる。

1991年 (徳島県)


"四国霊場八十八か所の第21番礼所、「太龍寺(たいりゅうじ)」で白装束に身を包んだ5~6歳の男の子をみた。その子に付き添っていた男女の見た目は高齢にみえ、その子の両親にしては歳が離れ過ぎているように感じた"

この証言を聞いた妻・圭子さんは先回りする形で、88番礼所の寺でその3人が来るのを待ち続けたが、彼らがそこへ姿を現すことはなかった。

1997年 OLによる証言 (神奈川県)


"横浜の地下鉄内でみた"

OL女性が帰宅のために乗った地下鉄で、隣の座席に座っていた少年が伸矢くんに似ていることに気が付く。
女性は「鳥肌が立つほど伸矢くんに似ていた」と証言。さらには、「身なりが良くなく、苦労していることが窺えた。手首に巻いた包帯から傷がみえたので気になった」という。
心配になった女性はこのとき少年に声をかけている。すると少年は「おじさんにいじめられる」と口にしたという。そこで女性は「困ったことがあったら、おねえさんに電話して」と電話番号を書いたメモを渡し、少年と別れた。
その後、一度だけ少年から電話があったというが、伸矢くんにつながる手がかりとはならなかった。


以上、【パート3】となる本編では、伸矢くんの目撃証言に関してお伝えしました。さらなる重要な目撃情報や事件を大きく動かす出来事に関しては【パート4】にて。