※これはかつて、父親が目を離した僅か40秒の間に息子が姿を消した『松岡 伸矢くん行方不明事件』に関する記事の【パート8】です。本記事をお読みになる前に、ぜひとも【パート1~7】をお読みください。
【未解決事件】『松岡 伸矢くん行方不明事件』の真相に迫る 【考察シリーズ】
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『松岡 伸矢くん行方不明事件』:本記事による考察
それではここからは、本記事筆者 テンペ・ワゾウスキによる『松岡 伸矢くん行方不明事件』の考察に入ります。
※これからお伝えするのは、各証言や客観的情報に基づいて本記事筆者 テンペ・ワゾウスキが独自に導き出した推察です。当該事件の真実ではないことを理解の上、お読みください。
ここでいま一度、伸矢くんが失踪した当時の様子を振り返る。
事件当日―。
8時頃、伸矢くんの父・正伸さんは、伸矢くんを含める子ども数人を連れて近所まで散歩に出かけた。
(松岡さん一家がこの前日より宿泊していた親戚宅は山間部にあり、周辺は気に囲まれた環境であったと推察できる)
このときちょうど朝食前であったため、正伸さんはこの散歩を10分ほどで切り上げ、親戚宅へ折り返している。子どもたちははしゃぎながら、全員正伸さんについてきていた。
そして親戚宅に到着し、子どもたちが家の中へ入る。このとき伸矢くんだけがまだ玄関先にいた。その様子から正伸さんは、伸矢くんが”まだ散歩したい”のだと感じた。そこで正伸さんは抱きかかえていた次男(当時2歳)を家の中にいた圭子さんに渡し、伸矢くんの様子を窺うため、玄関の外へ出た。すると、そこにいるはずの伸矢くんの姿がなかった。この間、僅か40秒ほどであった―。
伸矢くん失踪時の状況整理
伸矢くん失踪現場となった親戚宅は林道の終点付近に位置しており、その周辺は外部からの出入りがほとんどない
これは裏を返せば、人の目が少ないともいえる。ましてや事件発生時は朝の8時頃、さらに民家の密集していない集落。周辺屋外の人は少ないはず。悪意を持った人間が拉致を実行するのには適した状況ではなかったのか。
伸矢くん失踪時、親戚宅から100mほど離れた畑で農作業していた人がいた。この人によると、このとき周辺を車が通ったりするということはなかったという
作業中にすべての車の往来を逃さずキャッチすることができるだろうか。この証言の信憑性に対してはかなり疑問が残る。
親戚宅に松岡さん一家が宿泊していたこと(伸矢くんがいたこと)は地域周辺の人たちは知らなかった
そうはいうが、これも非常に疑わしい。親戚宅がある山中の集落のような地域には、都会などにはない田舎特有のコミュニティネットワークが存在する。都会などの生活では日ごろの隣人の様子を知ることなどなかったりするが、こうした田舎では近所の些細な動きに敏感であるものだ。
周辺に交通事故の痕跡はない
これに関しては素直に受け止め、痕跡がなければ事件当時に交通事故は起こっていなかったと考えるべきだろう。つまり、伸矢くんが不慮の事故に遭い、その証拠隠滅のために連れ去られたという線は極めて薄いといえる。
本記事で重要視する伸矢くんの目撃証言
本記事では、ここまでさまざまな伸矢くんの目撃証言をお伝えした。しかし、その中でも信憑性が高いとして最重要視する証言がひとつある―。
2000年 伸矢くんの母・圭子さんの親友の知人
“伸矢くん失踪の翌月(1989年4月)、徳島県日和佐の海岸で伸矢くんらしき男の子をみた。30代後半くらいの男が彼を抱いていたが、親子にしてはどこか不自然な印象を受けた。男の子の顔が伸矢くんによく似ていた“
これらから導き出すことのできるこの事件の真相とは―。
いよいよ完結。【パート9】に続く。