これはかつて、京都府の山中で2人の主婦が凄惨な死を遂げた『長岡京ワラビ採り殺人事件』に関する記事の【パート9】です。本編をお読みになる前に、ぜひとも【パート1~8】をお読みください。

【未解決事件】『長岡京ワラビ採り殺人事件』を徹底解説


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『問題のレシート』についての考察

「レシート裏のメッセージ」:筆者による考察

オワレている たすけて下さい この男の人わるい人

どこか奇妙な印象さえ覚えるこのメッセージ。正直なところ、考えれば考えるほど分からなくなる。
先にお伝えしたとおり、警察による筆跡鑑定によってこれは"明石さんによって書かれたものである"と断定されている。この筆跡鑑定の結果に対して一抹の疑念があるとはいえ、迷いを断つという意味でもこれを好意的に捉え、このメッセージが明石さんによって書かれたという前提で推察する。

警察の見解では、目の前で水野さんが襲われている間に明石さんがこれを書いたとされている。しかしそうすると、この文章に大きな違和感が漂ってくる。まず、水野さんが目の前で襲われている時点で"追われていない"=(オワレていない)。さらに、その場で助けを求めるならば、"助けて下さい"=(たすけて下さい)と書くのではなく、大声で助けを求めた方が良いに決まっている。そのため、本記事では明石さんがこのメッセージを襲われている最中に書いたものではないと断定。

『長岡京ワラビ採り殺人事件』の真相

本事件最大の謎である「レシート裏のメッセージ」。これを考察することこそ、この事件を考察するといってもよいでしょう。

それでは、1枚のレシートから筆者が導き出した本事件の真相は以下のとおり


1979年(昭和54年)5月23日 水曜日

事件当日―。

12時が近づく頃、明石さんと水野さんはワラビ採りを切り上げて昼食を摂ることに。このとき、近くに開けた場所(後の殺害現場付近)があることをワラビ採りのベテランである明石さんが知っていたため、そこで弁当を食べることに。(この時点で2人は既に"不審者"の存在に気が付いていた。しかしこの時点ではまだ"不審者を疑う"程度であった)

13時少し前、昼食を食べ終えた2人は下山するため来た道を引き返すが、ここで2人は尚も不審者が自分たちの後を付けていることに気が付く。
ここで明石さんは歩きながら、ナップサックの中に入っていた鉛筆と財布の中のレシートを取り出し、レシートの裏にメッセージを書いた。
(歩きながら、手のひらを台にして書いた。そのため字が乱れている)
(向かいから登山者が来たらこのレシートを渡そうと考えていた)
この時点では不審者はまだ2人から離れた背後にいた―。

"オワレている たすけて下さい"


この時点ではここまで書かれていた

やがて不審者が自分たちの背後近くまで迫ってきた。明石さんはここでメッセージを書き足す。

"オワレている たすけて下さいこの男の人わるい人"


ここでメッセージが書き足された

メッセージを書き足したところで、背後にいる不審者に2人は追いつかれてしまう。このとき明石さんはとっさにレシートを丸め、鉛筆と一緒にジーパンのポケットの中にこれをねじ込む。ここでこの不審者は手に持っていた包丁を突きつけ、2人を脅す。そして犯行に至った―。

鉛筆の行方

ここまでお伝えしたとおり、遺留品には鉛筆がない。これはなぜなのか―。本記事では以下のように推察する。

犯人に背後へ迫られたとき、とっさに鉛筆をジーパンのポケットに忍ばせた明石さん。その後、犯人に襲われた際にこれを取り出し抵抗を試みた。しかしながら、これを犯人に奪われてしまった。犯人は鉛筆を持ったことで、これに自分の指紋を付けてしまったので2人の殺害後にこれを持ち去った。


いよいよ本事件の犯人へ。【パート10】に続く。