"深夜に自宅から娘が消えた"

時は平成初期。眠っていたはずの少女が夜更けに突如、行方不明となりました。事件からおよそ29年、少女の発見につながる有力な情報はなく、事件は未だ解決の端緒を掴むことができずにいます―。(2020年6月現在)

バブルが崩壊したこの年、その混沌の中で起きた少女の失踪事件。多くの人間模様が交差する一家に一体何が起きたのか。今回はその事件の謎を解き明かします。


本記事筆者 テンペ・ワゾウスキによる【考察シリーズ】第4弾。今回もまた、未解決事件の真相に迫ります。

『石井 舞ちゃん行方不明事件』の概要

事件の舞台となったのは、福島県田村郡(現 田村市)船引町。建築業を営む石井 賢一さん宅。
1991年(平成3年)7月24日、事件が発生。

石井さん宅 当時の状況
-石井さん宅に暮らす人たち-

賢一さん ヨシ子さん(妻)
賢人くん (長男)
礼央くん (次男)
舞ちゃん
賢一さんの父 賢一さんの母
賢一さんの姪
賢一さんの建築会社従業員K

-その日石井さん宅に宿泊-
ヨシ子さんの友人の娘
(小学4年生)
(小学2年生) ⇐ 舞ちゃんのクラスメイトであり、家族ぐるみの付き合いがあったと推察できる。


計11人

ちょうど夏休み中だったこともあり、24日はヨシ子さんの友人の娘である姉妹が遊びにきていました(2人は前日から来ており、この日も宿泊)。
この日の晩、石井さん宅2階の洋間では長女・舞ちゃんと友達姉妹が川の字となって就寝。女児3人が眠るこの部屋は、舞ちゃんの両親や兄弟が眠る部屋の隣でした。
そして7月24日深夜、そこに眠っているはずの舞ちゃんが忽然と姿を消します。ちなみに、このとき舞ちゃんは友達姉妹2人に挟まれる形で眠っていました。

事件発生日時について
事件の発生日時については諸説あり、記事によっては「25日未明」としている場合もある。
本記事では、舞ちゃんが姿を消したのは24日22時30分から23時の間と推察している(その理由は後述)。

ニュースなどでよく耳にする「未明」とは、一般に0時から3時の間を指す。

翌25日の早朝、舞ちゃんの姿がないことが発覚。一家は騒然となる。
夏休みから5日目の出来事でした―。

事件当日の1991年7月24日 (福島県船引町)

事件当日、7月24日の状況は以下のとおり。

最高気温 29.2℃
最低気温 20.6℃
平均気温 24.7℃
曇りときどき晴れ

天候は悪くなく、そこまで暑さの厳しい日ではなかった。

行方不明となった石井 舞ちゃんについて

石井 舞 (いしい まい)
1983年(昭和58年)8月6日生まれ
福島わかくさ幼稚園出身



-行方不明当時-

  • 船引小学校に通う小学2年生 (2年1組)
  • 身長 約120cm
  • 体重 約21kg (体型は中肉)
  • 髪型 ショートカット (事件発生直前までは長かった)

【見た目の特徴】

  • 額が広い
  • 鼻の右に小さなほくろ
  • 笑うとえくぼができる

【性格】

  • 怖がり (夜中にひとりでトイレに行けない)
  • 慎重 (どこかに出かける際には、家族にメモを残す習慣があった)
舞ちゃん 怖がりの性格

事件当時、友達姉妹に挟まれて就寝していたのも、この性格が関係していたと思われる。
また、暗いところが怖い。夕方の辺りが暗くなる頃には、一人で外に出なかったという。

【失踪時の服装】

  • ボーダー柄の婦人用Tシャツ
  • 白のパンツ(下着)
事件当時 舞ちゃんの寝間着姿

婦人用のTシャツ(大人用)ということで、母ヨシ子さんのものをパジャマ代わりに着用していたと思われる。
大人用のTシャツは舞ちゃんには大きかったはずであること、下はパンツの下着姿であったこと、これらを考えるとワンピースを着たような寝間着姿であったと推察できる。


以上、【パート1】となる本編では、『石井 舞ちゃん行方不明事件』の導入部分をお伝えしました。事件の関連人物など、事件のさらなる詳細はパート2】にて。