世界には様々な都市伝説が存在します。都市伝説は怖いものがほとんどですが、では世界で一番怖い都市伝説って、なにか知っていますか?
「そんなの個人の主観だろう」と思う人もいるかもしれません。しかし世界で一番怖い都市伝説は、実は「牛の首」という日本の都市伝説なのです。
どれくらい怖いのかというと、「『牛の首』という怪談の内容を知ってしまうと、あまりの恐ろしさに必ず死んでしまう」というほどです。SF小説家の小松左京氏や筒井康隆氏に紹介されたことで、全国的に広まりました。
内容を知った者が死んでしまうという性質上、「牛の首」の内容は長らく謎とされ、ルーツも不明とされてきました。しかし「牛の首」の元ネタになったと思われる怪談が大正15年に実在していたのです!
今回は、世界で一番怖い都市伝説「牛の首」について紹介し、そのルーツと真相を追求します。
世界で一番怖い都市伝説「牛の首」とは
「牛の首」は、江戸時代から伝わるとされている怪談です。しかしこの怪談を聞いた者は、あまりの恐ろしさに、人に伝えるのも紙に書くのもためらったといいます。
そして最後には恐怖のあまり、必ず死んでしまうというのです。死ぬほど怖いというのですから、世界で一番怖いといっても過言ではないでしょう。
ですから、「『牛の首』という、詳細はわからないがとにかく死ぬほど怖い怪談があるらしい」という噂話だけが広がりました。「牛の首」という幻の怪談の拡散、恐怖の増殖こそが、まさに都市伝説「牛の首」の本質だといえるでしょう。
非常に有名な都市伝説でありながら、内容も不明、ルーツも不明という性質から、そもそも「牛の首」という怪談は存在しないと唱える者もいます。
たとえば超常現象研究家の並木伸一郎氏は、『最強の都市伝説 3』で、「怖いもの見たさの好奇心が生み出した、幻の都市伝説」だと紹介しています。
「牛の首」の元ネタは小松左京の小説?筒井康隆のエッセイ?
世界で一番怖い都市伝説「牛の首」の元ネタとしてしばしば紹介されるのが、1965年に執筆された小松左京氏の短編小説『牛の首』です。
この小説内でも、「『牛の首』という恐ろしい怪談」が登場し、主人公はその内容を知ろうとするも、みな恐ろしさのあまり教えてくれない……というお話になっています。たしかに「牛の首」の都市伝説とそっくりですよね。
しかし小松左京氏にルーツを求めるのは誤りです。なぜならそもそも小松左京氏は、「牛の首」という都市伝説を元ネタにこの短編小説を書いたからです。『午後のブリッジ―小松左京ショートショート全集 5』のインタビューで、本人がそう述べています。
また中には、同じくSF小説家である筒井康隆氏のエッセイが元ネタだという人もいます。
筒井康隆氏が『夕刊フジ』で連載していたエッセイ『狂気の沙汰も金次第』の中で、SF作家の今日泊亜蘭から聞いた『牛の首』を「世界一怖い怪談」として紹介しているのです。
しかしこのエッセイ「恐怖」が載ったのは1973年のことで、1965年の時点で小松左京氏が「牛の首」の都市伝説を知っていたのですから、ルーツが筒井康隆氏であるわけがないのです。もちろん、筒井康隆氏のエッセイをきっかけに全国的に広まったという可能性はありますが……。
「牛の首」とは件のこと?それとも牛鬼?
世界で一番怖い都市伝説「牛の首」は、内容こそ不明なものの、そのタイトルははっきりしています。「牛の首」というのですから、牛の首(顔)に関係する怪談なのでしょう。
妖怪や怪談にくわしい方なら、ピンとくる人もいるかもしれません。このタイトルから連想される妖怪が日本に存在するのです。
「件(くだん)」という妖怪です。
件は基本的には、身体が牛で顔が人間という、半人半牛の妖怪です。生まれて数日で死ぬが、人の言葉を話し、そして必ず当たる予言をするといいます。
しかし近畿圏では、顔が人間で身体が牛のバージョンの件の目撃例があります。この妖怪は「牛女」と呼ばれ、件とは別の妖怪だとする人もいますが……。
再びになりますが、小松左京氏のホラー小説には、この顔が人間で身体が牛のバージョンの件が登場する『くだんのはは』という短編小説があります。
小松左京氏の『くだんのはは』は1993年に出版された『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』に、『牛の首』は2016年に出版された『小松左京短編集 大森望セレクション』に収録されています。どの短編も不気味で面白いので、興味のある方はぜひご覧ください。
はたしてこの件こそが、「牛の首」の真相なのでしょうか?
ちなみに牛の顔を持つ人間には、「牛頭(ごず)」という鬼もいます。牛頭は仏教において、地獄にいるとされる鬼です。
なお日本には、顔が牛で身体が鬼の「牛鬼(ぎゅうき・うしおに)」という海辺にいる妖怪がいますが、外見を比べるとわかるように、牛頭と牛鬼はまったくの別物です。
ただここで気になるのが、「地獄の牛鬼」という怪談があることです。なんとこの「地獄の牛鬼」の話を聞いた者は、あまりの恐ろしさにショック死してしまうというのです。
「牛の首」と同じ展開のうえに、牛の首の正体と思われる牛鬼までいる……と考えるのは時期尚早です。この「地獄の牛鬼」の怪談の初出は1994年に出版された『学校の怪談 5』 (KK文庫版)だからです。
恐らく「牛の首」が広まるうえで形が変わり、「地獄の牛鬼」というバリエーションが誕生したのでしょう。
【元ネタ】怪談「牛の首」は実在した!【石角春洋】
しかし、世界で一番怖い都市伝説「牛の首」の元ネタとなった可能性がある、もっとも古い怪談『牛の首』は実在していたのです。
その怪談は、大正15年に出版された『文藝市場』第2巻第3号に載っています。タイトルは、そのものズバリ『牛の首』。
作者はルポルタージュ作家である石角春洋氏ですが、『牛の首』は父親から聞いた話――つまり実話怪談だというのです。以下に、その内容を記します。
ある冬の日のこと。山村に五作とお花という一人娘が暮らしていた。しかしお花が病気で危篤状態になってしまい、三里も離れた町の医者を訪ねるために五作は村を出た。
医者から薬をもらった五作だが、帰り道に吹雪に遭い、思うように前に進めない。このままでは娘が死んでしまう――そんな不安と戦っていたとき。
雪原に、牛の頭が浮いていた。角が生え、目は活き活きとし、耳はびくびくと動いている。
五作が「あっ」と叫んで尻もちをつくと、牛の首はいつのまにか鏡台に変化していた。
それはお花の鏡台だった。その鏡に、お花の姿が映っている。鏡の中のお花は無心に髪をといでいる。
しかし、お花の顔にだんだんと黒い斑点が浮かび上がった。斑点はやがて黒い血となって、垂れ流れてゆく。五作は腰を抜かした。
――五作が家へ帰ったときには、お花は死んでいたという。
なんとも理不尽で、不気味な怪談ですよね。
この怪談の中でも、なぜ牛の首が現れたのか、なぜ牛の首でならなければなかったのかは、まったくの不明です。牛の首が現れなくても、鏡台のエピソードさえあれば、十分怪談として成立したはずです。
ではなぜ、このような牛の首という破綻した内容が書かれているのか。それはまさに、「牛の首」が実話だという証拠ではないでしょうか?
都市伝説「牛の首」で語られる、怪談「牛の首」が、本当に石角春洋氏が書いた『牛の首』なのかはわかりません。しかし少なくとも、日本史上に存在するもっとも古い「牛の首」は、『文藝市場』に載っているもののようです。
そして実際に――死んでしまうほどかどうかは別にしても――石角春洋氏が書いた『牛の首』には、なんともいえない恐ろしさがあります。わからないというのは、いつの世も一番怖いものです。
今回は、世界で一番怖い都市伝説「牛の首」について紹介し、そのルーツと真相を追求しました。
「この怪談を知った者は死ぬ」という理不尽かつ不気味なアイデアは、多くの傑作ホラーを生み出しました。
映画化もされた鈴木光司氏の小説『リング』や、澤村伊智氏の小説『ずうのめ人形』などは有名です。また匿名掲示板「2ちゃんねる」では、設定がそっくりな「鮫島事件」という都市伝説が創作されました。
どれも面白いので、未読の方はぜひご一読をオススメします。