公開日:2019年10月21日 更新日:2020年2月21日
ぬりかべ前半のお話はこちら
幻の妖怪「カベヌリ」「ヌリカベ」伝承地再発見されてから
これで一応、大分県地方は片が付きましたが、ヌリカベ初出の方が、まだ終わっていません。
柳田国男の「妖怪談義」に記載のあった、福岡県遠賀のヌリカベは未だに発見されてないのです。
この情報化時代なのに不思議というべきでしょうか。
以下から、大分県各地の妖怪心霊スポットの伝承の詳細報告をお送りします。
昭和53年度における大分県臼杵市教育委員会の資料から。
臼杵石仏地域の民俗
・夜、道を歩いているとカベヌリに合って、一寸先も見えなくなることがある。
・タヌキかキツネが金玉を広げて目隠しをする場合、対処法は火をつけるとよい。また、煙草を一服すると見えるようになる。
・原の坂にカベヌリがよく出る。その時、目つぶしされたら、しゃがんみこんでいるとよい。
昭和43年度の「臼杵史談」から。
・ぬりかべ現象について。歩いている最中、突然目の前が見えなくなることがある。それを香々地町ではイタチのぬりかべ、県内各地では狸のぬりかべという。
・臼杵市内では、かべぬりと呼ばれる。大分県内各地に伝わる妖怪。山国町では狸が金玉を広げて目隠しをしているという。ぬりかべに遇ってしまった時は、その場にしゃがみこんでタバコに火をつけるとよいとされる。そのうち見えるようになるという。
補足として、大分県妖怪心霊スポットの「カベヌリ」「ヌリカベ」の名称は異種固有の妖怪を指すのではありません。
「傘化け」と「化け傘」のように同種のものを指し、なおかつ暗闇現象それ自体を指すと思われます。
心霊スポットとしての妖怪ヌリカベは?
さてここからは、妖怪心霊スポットにおいて、ヌリカベ・カベヌリが妖怪として成立した謎に迫ってみましょう。
ヌリカベ・カベヌリは大分県の各地の心霊スポットにみられました。
とくに大分県臼杵市から多く発見されましたが、大分県臼杵市といえば、なにやら心霊スポットを彷彿とさせる「臼杵磨崖仏」が有名です。
また、同市は「しっくい壁」の技術に秀でた技術を持っています。加えて、帰化人の多い地でもありました。
あくまで山口氏の仮説ですが、沿岸部ということで、海外からの影響が考えられるとしています。たとえば、三浦按針ことウイリアムアダムスが上陸したのも大分県臼杵でした。
また「珍元明」(なぜかググっても出てきません)という「しっくい壁」の技術者も多くの弟子をつれ定住したそうです。子孫も未だに続いているといいます。
珍元明の作るしっくい壁は、当時では画期的でした。
油漆喰と呼ばれた壁は、雨水をはじく撥水加工が施されていたといいます。
この水をはじく壁を見た当時の人々の驚きが、どういうわけか「闇」と「行き止まり」、もしくは闇夜の行き止まりと結びつき、妖怪心霊スポット現象となって、「カベヌリ」、「ヌリカベ」を生んだという苦しい理論が成り立つというのです。
飛躍が過ぎますが、ともかく驚くべき新壁とヌリカベが、壁繋がりであることは否めないでしょう。
ヌリカベ同様に夜道の歩行者を通せんぼしたモノは全国各地の妖怪心霊スポットにいました。
例を揚げるなら、「ふすま」、「ふとんかぶせ」、「蚊帳つり狸」、「あしまがり」、「すねこすり」等がいます。しかし、いずれの妖怪も各種各様ちがった姿をしています。
それでは大前提として、歩行を妨げる妖怪心霊スポット現象は、なぜ大分県各地で起きたのでしょう。
沢山の言伝えがあるからには、具体的な根拠を求めてもよいのではないでしょうか。
時代が移り変わると共にヌリカベは
時代区分でいえば江戸期から戦前にかけて語り継がれた、その妖怪心霊スポット現象を説明するに当たり、山口敏太郎氏は独自の説として、「ビタミン欠乏説」を挙げています。
江戸中期までの未精米の玄米食をやめて、庶民も白米を食べられるようになったことを。
精米によってビタミンを多く含有する糠が除去された、つまり、脚気(かっけ)に彼は原因を求めるのです。
ビタミンAの不足は夜盲症を引き起こし、ビタミンB1の不足はかっけを引き起こす原因となります。
この二つの症状は「カベヌリ」「ヌリカベ」が引き起こす妖怪心霊スポット現象に似ていなくもありません。
脚気は足をもつれさせ、夜盲症は無灯火の視界遮断を起こします。身体現象を他に投影させ、いきなり現れる物とするなら件の妖怪になるのです。
つまり、豊かな食生活の変化によって生じた、今でいう成人病みたいなものです。
それが未発達な科学、医学的無知によって助長された上、名と姿を与えられたのでしょう。人間は未知なモノ、正体不明なモノを怖れる生き物です。
なんとか、妖怪心霊スポット現象として、とらえがたき苦痛をとらえたかったのかもしれません。
この説が正しければ、人間とは何といい加減で身勝手な生き物なのでしょうか。
我が身に起きた不都合に対処可能な具体性を求め、その姿に当時の新鮮な驚きであった「しっくい」を合わせる。
妖怪「カベヌリ」「ヌリカベ」の誕生です。
当時の栄養欠乏から生まれた妖怪「カベヌリ」「ヌリカベ」。
これはあくまで、山口氏の仮説ですが、仮説を立てるという行為は、昔の人の妖怪製造となんら違いはありません。
我々にとって必要な生きるための誤謬(ごびゅう)なのです。