オカルトオンラインではこれまで数々の心霊スポットをご紹介してきましたが、その中でも特に『怖さ、危険度、ヤバさ』などなどを考慮して編集部がランキングにしています。
今回は『長崎県のヤバい心霊スポットランキング!!』として、長崎県各地にある本当にやばい心霊スポットをお届けいたします。
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西海橋は佐世保と西海をつなぐための橋であり、1955年に竣工されました。その後、70年代に自殺が多発したことから、自殺の名所として知られるようになり、心霊スポットとしても知られています。
目撃談の中には、ずぶ濡れになった幽霊などをみかけたというものなどがあり、自殺に関連しているのではないかと思われます。
旧日見トンネルはかつてバイク事故が起こったことがあったと言われており、その事故にあった女性の遺体が腰から切断されてしまっていたという噂が残っています。
このため、このトンネルをバイクで通ると女性の幽霊に追いかけられるという話が広まっており、心霊スポットの1つとして知られているのです。
鍋冠山ではかつて公衆トイレで女性が暴行を受けた事件があったと言われており、この女性の霊をみかけたのではないか?といった霊障が報告されています。
具体的には薄く透けたような人影や、誰もいないはずの状態で声が聞こえるというようなものです。
長崎市内にある山里小学校には、第二次世界大戦の時に使われていた防空壕跡が残されています。
ご存知の通り、長崎は広島に続いて原子爆弾の被害にあった場所であり、この小学校は爆心地から約700mほどの距離にあるのです。
当然ながら、原子爆弾が投下された当時はこの防空壕付近でも多くの死傷者が発生しており、多くの人が命を落としたと言われています。心霊スポットとして、エンタメ的にみるというよりは、過去の歴史において無念のつまった場所であるという側面の方が強いです。
猪掛トンネルは開通工事をしている間に首吊り自殺が発生した場所だと言われており、これが原因となって不思議な現象が起こると噂されています。
特に多くの人が口を揃えているのは『黒い大きな影』の目撃談になっており、この影が急に飛び出してくるのを避けようとして交通事故に合うなどの報告もあるのです。
また、計器類はエンジンの故障なども噂されており、黒い影との因果関係が考えられています。
現在は建物は解体されていますが、この場所は結核患者を受け入れて隔離していた施設跡だったとのこと。
結核が不治の病とされていた頃、全国にはこういった隔離施設が多く存在していましたが、この診療所はとある会社専門の隔離施設となっていたそうです。
九州では土地柄から炭鉱で働くひとが多かったため、肺を患うことも多かったようで、多くの患者さんが命を落としてしまったのかもしれません。
建物は2006年頃に解体されましたが、当時のカルテなどが残っていたらしく、それらを持ち帰ると呪われるといったような噂が多くあった場所です。
おそらく、当時の死産を弔うものであると予想出来ますが、死んだはずの母親の念が赤子にどのような影響を与えたのかは定かではありません。
茶々子とは、五島の領主を務めていた宇久家の9代目、宇久勝の娘であるとされており、実際の歴史でも歴代当主は確認出来る人物です。
当時の長崎はまだ内戦状態にあり、様々な争いがあったようですが、茶々子が戦火に巻き込まれたかどうかは分かりません。
霊障としては近くを走行中の車がノックされるなど、かなり危険な現象が報告されているため、安易に近づかない方が良いでしょう。
つがね落しの滝は観光地としても有名な場所ですが、多くの怪奇現象の目撃場所でもあります。
というのも、この滝を含む周辺にはかつて弾圧された隠れキリシタンが多く住んでいたとされており、付近の目撃情報では、幽霊らしきものが度々見かけられているようです。
また、水の上を歩く霊なども見たという声もあり、水場と歴史によって霊のたまり場になってしまったのかもしれません。
長崎県の心霊スポット2位は原城跡でしょう。
皆さんも歴史の授業などで一度は聞いたことがあると思いますが、キリシタンが弾圧された長崎で反乱を興した天草四郎、そして彼が率いた一揆衆が島原の乱で最後に籠城したのがこの原城だったのです。キリシタンが弾圧されるに至った経緯には様々な事情があるとされていますが、一旦それらは置いておきます。
さて、この原城跡ではいま現在でも人骨や十字架など、当時の遺品が発見されており、少なくともこの場所で数千人が亡くなったのではないか?という説もあります。
島原の乱に対する弾圧は当時凄まじく、改宗しない者は問答無用で処刑され、元々あった重税なども加えてキリシタンたちの信仰心を後押ししてしまいます。
キリスト教の教えとしては自殺することが出来ないため、結果的に徹底抗戦、全員が殺されるまで戦う以外に道がなかったのです。
キリスト教の是非はともかく、数万人にも膨れ上がったとされる一揆の最後の無念がつまった土地がこの原城跡だという訳です。
長崎県の最恐心霊スポットは文句なしでこの軍艦島ではないでしょうか?
日本最大の廃墟、かつ世界遺産にも登録されている軍艦島は石油時代が訪れる少し前の1800年代に石炭が海底で発見されたことから、採掘のために作られた人工島です。
最盛期の人口密度はなんと東京の約9倍にもなっており、多くの人が軍艦島で普通の生活を送っていました。
しかし、戦後の流れと石炭から石油時代への移行と共に、これらのバブルも消えてしまい、1974年に正式に閉山されることになります。
人工島とは言っても、生活に必要な全ての施設が揃っていたほど賑わっていた場所であると同時に、島であるという閉鎖的な空間が現在までも廃墟という形で現存しているのです。
現在、軍艦島へはツアーで訪れることが出来るのですが、軍艦島のツアーに参加した人の多くが不思議な現象、怪奇現象に遭遇しており、日本最大の心霊スポットとも言われています。
心霊写真はもちろんのこと、誰もいない島であるはずなのに何かが鳴る、写る、聞こえるなどなど、心霊現象には事欠きません。
軍艦島はその規模の大きさから様々な映画などの作品の舞台にも取り上げられています。
また、都市伝説的には賑わっていた島ではあったものの、労働の過酷さから自殺者が多発したという噂や、強制労働などの実態があったのではないか?とも言われています。
軍艦島について有名な都市伝説詳細は以下の記事にまとめていますので、是非ご覧下さい。
※最後に
冒頭でも注意喚起しておりますが、心霊スポットの中には私有地や立ち入り禁止の場所も存在していますので、万が一これらの場所へ行ってみる場合には事前に許可を取るなどしっかりと法的な手順を遵守して下さい。