心霊スポット」と聞いてあなたが最初に思い浮かべるのはどんな場所だろうか。

地図にも描かれていないような深い山道を分け入った先にぽつりと存在する廃村か、はたまた多数の自殺者の命を飲み込んできた滝壺か。

いずれにせよ、心霊スポットに対して「どこか遠い田舎の峠や山道」といったイメージを抱いている人も多いのではないだろうか。

ところがどっこい、大都会東京にも心霊スポットは数多く存在する。平安時代の武士である平将門の怨念が未だに根付いていると言われる千代田区「将門公」や、昼は大勢の人で賑わう都心のレジャースポット「戸山公園」など、その気になって調べていけば、それこそ枚挙に暇がない。

だが、これら東京の心霊スポットの中でもひときわ凄惨な逸話を持ち、未だに夜には近隣住民も近寄らないと噂される、いわば「東京最恐」の心霊スポットがある。

それが、今回ご紹介する「八王子城址」だ。

公開日:2019年11月4日 更新日:2020年3月9日

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八王子城址ってなに?

画像引用元:tripnote

八王子城址とは、その名の通り、東京都八王子市に存在する史跡である。

土地勘がない人のために説明しておくと、八王子市は東京都の西側に位置し、ゲーム『龍が如く』等で有名な眠らない街・新宿からのアクセスは電車で1本、ただし特別快速を使っても30分以上かかるという、まあまあの田舎だ。

主要な観光地は天狗伝説の残る「高尾山」であり、名物は武田信玄が絶賛したという逸話に由来する「信玄餅」。

もはや山梨県の一部なのではないかとする向きもあるが、立派な東京都の一員である。

今回の主役である八王子城は、JR「高尾山」駅からバスで15分ほどの場所に位置していた。過去形なのは、あくまで現存するのは城跡のみであり、城そのものは存在しないからだ。そして、八王子城が城郭から城跡へと変わったその経緯こそが、今でもここが最恐の心霊スポットとして語り継がれる理由そのものなのである。

血塗られた落城伝説

画像引用元:日本古城絵図

八王子城は戦国武将のひとり、北条氏康の三男にあたる、北条氏照によって築城された。氏照は滝山城という別の城を拠点にしていたが、武田信玄が北条氏の本城である小田原城に攻め入る際に滝山城も落城しかけ、その際に守りに限界を感じ、八王子に拠点を移したとされている。

こうした経緯から、八王子城は複雑で堅牢なつくりになっていた。

縄張り(城全体の構造のこと)は広大で、山や谷など複雑な地形を活かして守りを固めていたという。

その八王子城が敵に攻め込まれたのは天正18年のこと。豊臣秀吉と対立した北条氏は、本城である小田原城に攻め込まれることになる。小田原征伐と呼ばれるこの戦いに際して、支城である八王子城も攻撃を受けた。上杉景勝や前田利家といった武将を筆頭に、約1.5万人の部隊が八王子城を攻めたと言われている。

しかし、その当時、城主である氏照やその家臣たちのほとんどは、本城の小田原城に駆けつけていた。

城内に残っていたのは僅かな兵と一部の家臣、そして領内から動員された農民たち。の中には女性や子供も含まれていたという。

1.5万人の敵兵に対し、こちらは婦女子を含めてもたったの3,000人。彼らは城に立て籠もり抗戦したが、激戦の末にあえなく落城した。八王子城合戦と呼ばれるこの戦いは、わずか1日にして北条氏側の敗北によって幕を閉じることになる。

晒し首か、自刃か。戦に負けた人々の壮絶な末路

しかし、秀吉の狙いはあくまで本城である小田原城を落とすこと。先に陥落した八王子城を見せしめにし、北条氏側の士気を下げるため、八王子城は降伏することさえ許されず、半ば虐殺のようにして多くの人々が殺された。捕まった婦女子は首をはねられ、小田原城で戦う彼らの家族に見せつけて戦意を削ぐ目的で、首だけを小田原へと運ばれた。

これに抵抗するため、城に立て籠もっていた人々の多くが自刃、あるいは城の麓にあった「御主殿の滝」に身を投げ命を落とした。敵に捕まって見せしめとして晒し首にされるか、それとも自ら命を断つか。そんな2択を迫られた人々の絶望と怒りは想像に難くない。

400年を超えて語り継がれる悲劇

多くの人々が自ら命を絶った八王子城。彼らのほとんどが川の上流で自刃したため、川は三日三晩血で染まった。山の麓の村では「城山川の水で米を炊くと赤くなる」と言い伝えられるほどだったという。今でもこの地域には、先祖を供養する際に赤飯を炊く「あかまんま供養」という習慣があるが、これは、落城時のこの逸話が元になったと言われている。

現在でも御主殿の滝の付近では、夜になると女性のすすり泣く声や叫び声、剣戟などの音が聞こえるそうだ。武士の霊を見たという目撃談もある。

八王子城址はその広大な縄張りのため、今では一部住宅街や墓地などになっているエリアもある。

にも関わらず、近隣住民の多くは、未だ惨劇の舞台となった御主殿の滝本丸近くには足を踏み入れたがらない。御主殿の滝には慰霊碑も建てられているが、400年の時を経てもなお、彼らの苦しみや無念はこの地にとどまり続けているのかもしれない。

八王子城址は24時間誰でも訪れることが可能だが、興味本位で夜に立ち入ることはおすすめしない。

怨霊云々以前に地形が入り組んでいる上真っ暗なため、夜のハイキングには向かないからだ。この地を襲った悲劇についてもう少し詳しく知りたいのなら、まずは昼間に訪れるのがよいだろう。御主殿付近には数多くの解説板があり、またガイダンス施設で当時の城の縄張り図を手に入れることもできる。

これはどんな心霊スポットについても言えることだが、実際に足を運ぶ際には供養の気持ちを忘れずに、ただし同情し過ぎぬよう。

さもなければ「東京最恐」の二つ名のゆえんを、身を以て体感することになるだろう。

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