大阪の北部に、京都府と兵庫県の県境にまたがる 「妙見山(みょうけんざん)」 という山があります。標高は高いものの初心者でも登りやすいため、登山の登竜門としても有名です。実はこの妙見山の一角に、 大阪最恐といわれる心霊スポット があります。それが妙見山の北側にある 江戸時代の史跡、「しおき場」 です。
元記事で語られていた内容
「しおき」というと、悪いことをした子どもに罰を加える 「おしおき」 を想像すると思います。ですが「しおき」とは、江戸時代には 罪人を処罰する ことを意味します。つまり妙見山のしおき場とは、 江戸時代の 処刑場 の跡地 なんです。今回は大阪最恐といわれる心霊スポット、妙見山の処刑場跡地「しおき場」の 歴史 や 恐怖体験 を紹介します。妙見山の処刑場跡地「しおき場」の場所と歴史。
怖さが残るポイント
「しおき場」は非常に入り組んだ山奥にあり、車で近くまで行き、歩いて入るしか方法はありません。入り口に 鳥居 があるのですぐにわかると思います。小屋 がある場所が しおき場(処刑場跡地) で、近くには霊を鎮魂するための 慰霊碑 が建てられています。しおき場のふもとには 川 が流れているのですが、この川は通称 「首洗の川」 と呼ばれています。しおき場の歴史は、中世の戦国時代にまでさかのぼります 。
噂と事実を分けて読む
かつてこの近くに 2つの村 があったのですが、長年争いが絶えず、多くの 死者 が出たといいます。荒れっぷりを見かねた当時の将軍 「豊臣秀吉」 は、「双方の村から 代表者5人 を選出して、 交換処刑 することで争いを治めろ」と命じました。その後、実際に各村から5人が差し出され、 処刑 されました。その場所がここ、しおき場のルーツだとされています。そして 江戸時代末期~大正時代に入るまで の間には、実際に罪人を処刑するための 処刑場 が建てられていました。
現地の空気を想像すると見えてくるもの
しおき場では罪人は主に、 斬首 もしくは 磔(はりつけ) によって処刑されたといいます。斬った首はふもとに流れる川(首洗の川)で洗い、いわゆる「さらし首」にして、朽ち果てるまで放置されました 。大阪最恐の心霊スポット「妙見山のしおき場」。妙見山の処刑場跡地「しおき場」は近畿ではかなり有名な心霊スポットなので、肝試しに行った人は当然数多くいます。しかしほとんどの人は 「何か重苦しい」「圧迫感がある」「首が痛い」 などの霊障をうったえ、霊感がなくても 空気のよどみ具合に吐き気をもよおす 人もいたとか。
怖い話として読み継がれる理由
除霊や心霊スポットのロケを行うこともありましたが、 多くの霊能者がNGを出した といういわくまであります。最近でも、心霊系YouTuberの ウマヅラビデオ さんと霊能者の クロ戌(黒戌仁) さんがしおき場を訪れたのですが…… 体調不良 に見舞われてしまい、 絶対に行ってはいけない と念を押していました。この処刑場、本当に罪を犯した人を処刑したのならいわば自業自得なのですが……残念ながら当時は、 「無実の罪」で斬首される人がかなり多かった らしいです。事件が発生して犯人が見つからなかった場合、 犯人のかわりに「誰か」を処刑した というのです。そんな無念を抱えたまま死んだ者が多かったなら、しおき場が祟られるのも無理ありませんよね 。
怖い話として読み直す意味
真相を断定することはできません。ただ、こうした話が長く語られ続けるのは、そこに人が忘れられない違和感や恐怖が残っているからです。噂として距離を取りながら読むことで、元記事とは違う角度から怖さが見えてきます。 実際に現地へ向かう場合は、私有地への立ち入りを避け、周辺住民への配慮と安全確認を必ず行ってください。









