青年将校と呼ばれ”身体の中に愛国心”がうまれた!中曾根康弘元総理の逸話

2019年に101歳でこの世を去った「中曾根康弘」さんはいろいろな逸話がある人物としても知られています。どんな人でどんな逸話があるのでしょうか。

中曾根康弘さんの経歴

中曾根康弘さんの初当選は1947年(昭和22年)のことです。そこから衆議院議員に連続20回当選し1982年(昭和57年) にとうとう第71代内閣総理大臣となりました。

実家は木材商を営んでおり、とても裕福な家に育った中曾根康弘氏ですが、最初から政治家を志したのではなく、海軍での経験を経て政治家を志した人物です。

中曾根康弘氏は1941年(昭和16年)に海軍主計中尉となり青葉型重巡洋艦1番艦「青葉」に配属された経歴を持つバリバリの軍人だったのです。海軍時代は寝るひまがないこともあったそう…政治家の「中曾根康弘」とはまた違う一面があるのですが、そして、大戦時に中曾根康弘氏が乗っていた艦船が敵の攻撃を受けます。その時に、班長が自分の治療より部下の治療を優先させて亡くなった光景を目の当たりにしたのです。この攻撃でたくさんの仲間を失ったことで『身体の中に愛国心』が生まれ、政治の道を志すことになったのです。

参考し資料:中曾根康弘『自省録-歴史法廷の被告として-』(新潮社 2004年6月)
『若い世代へ伝えたい残したい 終りなき海軍』文化社

 

ニックネームは「青年将校」

画像:Pixabay

海軍での経験を経て、政治家になった中曾根康弘氏は、長く野党議員でしたが、原子力開発予算を計上して通過させたり、改憲派として「憲法改正の歌」を作ったりとなかなか破天荒な政治家としてその名を轟かせました。

そんな彼にマスコミがつけたニックネームは「青年将校」

ソ連を痛烈に批判したり日ソ共同宣言に「渋々賛成」と言ったりしたなんとも面白い政治家です。

総理大臣になったからは、改憲は名言はしませんでしたが“戦後政治の総決算”として教育基本法の改正や靖国神社への公式参拝、そして、1%防衛費の撤廃を主張しました。左派の議員からは強い反発されとうとう「軍国主義者」とまで言われるまでに…。野党議員からの反発で50分もの演説がすべて削除されたこともありました。

参考資料:第025回国会 本会議 第7号

戦後の日本の自虐的な歴史から中曾根康弘氏は日本を解放しようとしていたようにも思えます。

 

中曾根康弘さんに引退を勧告した人物とは?

 

このようないろいろな発言がマスコミや野党議員から批判されてこともあってか、現役の総理大臣なのに、総選挙でトップ当選を逃したこともありました。

ちなみに、中曾根康弘氏に引退勧告をしたのは小泉純一郎元総理…そして、その時の官房長官が安倍晋三首相。この時、官房長官だった安倍晋三さんは、頭を下げて「ご理解いただきたい」といったとか。そして、そんな安倍さんに中曾根康弘氏は「君も貧乏クジをひいたな」と笑い、「安倍君、君は幹事長だろ。幹事長の仕事は選挙に勝つことだ。全力を尽くせ。おれも応援するよ」と励ましたそう。

日本を取り戻そうとする安倍晋三首相の政治スタイルと愛国心に根ざした中曾根康弘氏は、どこか似たものがあったのかもしれませんね。偉大な政治家に引退を勧告するときの気持ちはどんなものだったのか…辛い役回りだったことでしょう。

参考資料:中曽根康弘元首相「白寿」を祝う会 安倍晋三首相が救われた大勲位の一言とは…”. 産経ニュース (2017年5月15日)

日航機墜落事故の真実は?

愛国心バリバリの保守議員だった中曾根康弘氏ですか、在任中に起った不可解な事故がありました。御巣鷹山に日航機が墜落した日航ジャンボ機墜落事故です。たくさんの乗員乗客の命を奪った事故として知られていますが、この飛行機事故には色々と不可解なことが多いと言われているんです。

そもそも、ジェット燃料であんなに遺体が燃えるのか…国産OSの開発者が乗っていたこと、そして、事故機発見までのプロセスに不自然な点が多いこと…詳しくは「オカルトオンライン」で取り上げているので、割愛しますが、愛国心を持った中曾根康弘氏は、当時最悪だった日米関係を修復するために、奔走し当時のアメリカ合衆国大統領のロナルド・レーガンと親身な関係を築いた人物でもありました。

「日米は運命共同体」とか「日本列島不沈空母化」なんて言葉まで飛び出してとうとうアメリカのマスコミからは“ヤスはロンの使い走り”とまで言われたのです。

そして、日本航空123便墜落事故に関しては「墓場まで持っていく」と。。

一体これが何を意味するのか、国産OSの開発者が搭乗していたことと関係があるのかは、誰にも解らないままです。いつか日航ジャンボ機墜落事故の真実が明るみに出る日が来ることを願ってやみません。

 

まとめ

青年将校と言われた中曾根康弘元総理は、日本を代表する政治家のひとりです。

最後に、101歳で亡くなられた中曾根康弘元総理のご冥福をお祈りします。

Miiko

ライター歴約10年 法学系院卒 得意記事は、歴史・スピリチュアル・法律等々 福岡の隅っこでコーヒー片手に執筆中