空襲、流行り病、大豊作、台風、恵みの雨、関東大震災、平和な治世、日露戦争、第二次世界大戦、人間の歴史は山あり谷あり、驚くような恵まれた事もあれば、見るも無惨な出来事も往々にしてあるものです。しかし、人間には予測できない歴史の起伏、これらを予言してくれる妖怪がいるのです。
その妖怪は『件(くだん)』、一般的には牛の身体に人の頭を持った妖怪であり、生まれた直後に死んでしまうという非常に脆い妖怪です。
しかし、この妖怪は死ぬ間際『必ず』当たる予言をすると言われています。
また、件は災難を予言するだけではありません。同時に、災難から逃れる術も教えてくれます。伝承の中では大抵の場合、件の姿を描いた絵を家の中に飾る事で災難を逃れています。
件は妖怪の中でも知名度が高い個体であり、様々な伝承や、派生した妖怪譚が綴られています。今日はその中の一部を紹介しようと思います。
時は1836年、瓦版(当時の新聞)に奇妙な記事が掲載されていました。内容は『同年12月、丹後国に人面牛身の怪物が現れた。この怪物は以前も現れて、その後の大豊作をもたらした縁起のいい存在である。この怪物の絵を家に飾っておけば、一切の苦しみから逃れて大豊作となる』というものです。
当時の瓦版は、妖怪がどこそこに現れたなど、住民の興味を引くためのガセネタが数多く掲載されていたため、件の絵を飾れという文言も、当初は瓦版を買わせるための売り文句だと思う者も少なくはなかったそうです。しかし、その発見が引き金となり、第二次世界大戦の終了まで散発的に件の目撃例は増えていく事となります。
冒頭に、件の姿は『一般的に』人の頭に牛の姿をしている。と書きました。これは、件が牛以外から生まれたケースもあるという意味です。例えば、長野県に出現したとする件は、人の頭に蛇の胴体をした個体でしたし、逆に第二次世界大戦末期には牛の頭に人間の身体をした妖怪の目撃例がありました。(この妖怪は後に牛女と命名され、件とは別種として取り扱われています。)
人頭蛇身の個体に関しては、人と牛をくっつけて出来た『件』と言う名前にそぐわない存在であるかのような気もしますが、予言を残している以上、これも件なのでしょう。しかし、件が牛の姿に限らないとすれば、あの妖怪は一体何なのでしょうか。
また、これは件とは関係がないかもしれませんが、大戦中のアメリカの田舎町で、頭から上が白人で胴体が黒人の赤子が生まれたという話を耳にした事があります。その赤子は近隣の町で発砲事件が起きるという事を語ってすぐに事切れたそうです。そして、その数日後に近隣の町では実際に発砲事件が起きて3人が亡くなったとか。
大枠だけを見ると件の伝承に似ていますが、当時の状況、人々の感情などを踏まえるとあまり気持ちのいい話ではありませんね。
実は日本には、件の他にも予言をする妖怪がいるのです。その名はアマビエ、当時の瓦版では半人半魚の妖怪で件と同様に予言を行うと紹介されています。そして、面白い事にこの妖怪もまた災難を逃れさせる為に自らの絵を家に飾らせるというのです。
前述したように、牛の身体以外の件が目撃されたという事を踏まえると、もしかしたらアマビエは魚から生まれた件なのかもしれませんね。
また、中国には、過去・未来を問わず万物全ての事を知っており、人に災難から逃れる知恵を授けてくれる『白澤』と言う妖怪がいます。
この妖怪も、これから起きる災害を予言し、人間を守ってくれるという点から件と同一視されることがあります。こちらは件よりも、より神様に近い存在のようですが。
今回の考察、そもそも、件は予言をする妖怪という事ですが、予言、つまり未来予知と言うのは凡そ妖怪の為せる業ではないと個人的には思います。妖怪とは人々の生活の隣にあるものであり、天災のような存在になってしまってはいけないのです。
この事から、件は本当は妖怪ではなく、信仰が弱まった神なのではないかと考えました。信仰を失った神が妖怪となるという説がありますが、その説になぞらえるのであれば件は神が零落して妖怪になりかけている、ちょうど中間地点のような存在といった所でしょうか。一見荒唐無稽な論にも見えるかもしれませんが、そう考えると色々と腑に落ちる部分があります。
例えば、自らの姿を描いた絵を家に飾らせる様はまるで、自らの宗派の神棚を家に飾らせようとする宣教者の行動そのものではないでしょうか。生まれたばかりで自我の弱い動物の赤ん坊に乗り移って予言を行い、自らの信仰を広める事で力を取り戻そうとしている神の布教活動。件の予言はそんな意味合いがあるようにも見受けられます。
いずれにせよ、この必死な予言が信仰の薄れた神様による文字通り一世一代の営業活動であると考えると少しいじらしく感じてしまうのは筆者だけでしょうか。『くだんない』妄想のようにも見えますかね、お後がよろしいようで。
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