月は地球から一番近い星ということもあり、昔から多くの人々を魅了し続けてきた。
現代では宇宙エレベーターや月への旅行が計画されているが、ここまで人々を魅力し続ける月へのロマンは一体いつから始まったのだろうか。
今回は、月へ向かうことへのロマンを人々が持つきっかけとなったであろう「グレート・ムーン捏造記事」について紹介する。
1835年8月21日、アメリカの主要都市であるニューヨークを中心に発行している新聞「The Sun」が、とあるニュースを報じた。
それは、ジョン・ハーシェルという天文学者が大発見をしたというものだった。 最初の報道では簡単な紹介だけであり、具体的な内容を報じたのは4日後の8月25日。
その記事には、コウモリ人間やユニコーンなどが描かれており、砂浜や海なども含まれていた。
「まったく新しい原理の広大な望遠鏡」にて発見されたとされる摩訶不思議な月の風景は、当時の読者を楽しませたことだろう。
実際に新聞に掲載されたイラストは、以下の動画で確認できる。
しかし、この記事は数週間後に捏造記事であることが発覚。 にも関わらず、読者から大きく注目されてしまい、記者が新聞社を取り囲む自体にまで発展した。
もちろん、ハーシェル自身が月の生き物や環境を見つけたという事実は全く無い。
本人は当初捏造記事を面白がっていたものの、後に記者からの質疑応答に悩まされることになった。
「The Sun」が記事を捏造した理由は2つある。
一体どのような理由で「The Sun」はグレート・ムーン捏造記事を発表したのだろうか。
「The Sun」は1833年に創刊した新聞であるが、その名が一躍世間に知られたきっかけがグレート・ムーン捏造記事であった。
当時の「The Sun」は、センセーショナルな記事を報道して売上をあげようと画策していた。
そこで思いついたのが、グレート・ムーン捏造記事だったと思われる。
実際、この記事を書いたリチャード・アダムズ・ロックは1840年に捏造記事であったことを認めている。
しかし、「The Sun」としてはせっかく注目された記事だからという理由なのか、捏造記事だと認めずに取り下げなかった。 実際、捏造記事が発表されて「The Sun」の売上も上昇。
また、「The Sun」の読者は特に捏造記事に対して批判することは無かった。
「The Sun」では報道だけではなく、世の中に対する風刺記事も掲載していた。
捏造であることを認めたロックは、グレート・ムーン捏造記事は当時の天文学や科学に対する皮肉であったということも述べている。
「The Sun」が発行されていた当時の天文学や神学では、とんでもない学説が発表されており、しっかりとしたデータが無いにも関わらず地球外知的生命体がいることや月にはコロッセオのような建物があることなどが主張されていた。
このよう現状を、ロックは捏造記事を通じてあざ笑ったのだろう。
グレート・ムーン捏造記事に人々が騙されてしまった背景には、引用記事や学者の権威が大きく影響している。
記事は「Edinburgh journal of science」という権威ある科学雑誌から抜粋されたものであると書かれており、その上ジョン・ハーシェルが関わっていることも記載されていた。 上記でも登場したジョン・ハーシェルは天文学者として非常に優れた人物であり、恒星の明るさの基準やユリウス日を使った日時や時間の計算などを発表した。
双方の権威が背景にあったこと以外にも、当時の学者は月に生き物がいるということを否定するのがあまりに難しかったということも挙げられる。
当時は月に関する科学的データがあまりにも少なく、「The Sun」の記事が捏造であるとすぐに断言できなかった。 マスコミ関係も捏造記事に対して意見が分かれてしまい、支持する雑誌もあれば、嘘の記事だとして「The Sun」を徹底的に批判する新聞社もあった。
また、「The Sun」がリーズナブルな新聞として多くの人に読まれたことも騙された人が多かった原因といえるだろう。 リーズナブルな価格に設定する分、大量に印刷する必要があり、「The Sun」の新聞はニューヨークを中心として大量に発行された。
一方で、「The Sun」は報道の真実性をないがしろにしていたという指摘もあった。
グレート・ムーン捏造記事に影響された人々の中には、有名な人物もいた。
その人物とは、エドガー・アラン・ポーとジュール・ヴェルヌだ。
どちらも世界的に有名な小説家であるが、一体どのような影響を受けたのだろうか。
「アッシャー家の崩壊」や「モルグ街の殺人」で有名なエドガー・アラン・ポーは、捏造記事に対して自分の小説が盗作されたと主張した。
ポーは、捏造記事の2ヶ月前に「ハンス・プファールの無類の冒険」という小説を発表。
小説では主人公が気球を使って月へと向かった方法や月の様子などが書かれており、その内容はグレード・ムーン捏造記事の内容と似ていた。
この盗作問題は結局未解決で終わってしまった上に、「ハンス・プファールの無類の冒険」も残念ながらグレード・ムーン捏造記事ほど知られなかった。
ちなみに「ハンス・プファールの無類の冒険」は創元推理文庫が出版している「ポオ小説全集 1」にまとめられているため、気になる方は一度読んでみてはいかがだろうか。
フランス人小説家であるジュール・ヴェルヌといえば、「月世界旅行」で有名だ。
「月世界旅行」の内容は、南北戦争で活躍した元兵士たちが集まって月を目指すというもの。
この小説の特徴は、内容のほとんどが月へ打ち上げるための装置や計画を考えることということだ。 その上、小説内で登場する計画は非常に細かく、具体的な数字を使って根拠も示されている。
もちろん現在のデータと食い違うところもあるが、当時としては非常に画期的な小説だっただろう。 細かく執筆できた背景にはヴェルヌが日頃から科学論文を読んでいたことが関与しているが、この小説が人々が月を目指すきっかけとなったといわれている。
影響された人物としては、コンスタンチン・ツィオルコフスキーやロバート・ゴダードなどがいる。 どちらもロケットの父と呼ばれており、ロケットの基礎を作り上げた。
このように偉大なる人物を生み出すきっかけとなった「月世界旅行」だが、実は物語の登場人物がグレード・ムーン捏造記事に触れるシーンがある。
「月世界旅行」が初めて発表されたのは1865年。
グレート・ムーン捏造記事は1835年に発表されたため、ヴェルヌが読んだとしてもおかしくないだろう。
「月世界旅行」が月を目指すきっかけと考えている人もいるが、もしかすると先に公表されているグレート・ムーン捏造記事のほうが、先に人々を月へのロマンを駆り立てたのかもしれない。
1800年代の人々にとっては、月は非常に遠いものであった。
遠いからこそグレート・ムーン捏造記事や月世界旅行など、月へのロマンを感じさせてくれるようなものが人気になったのだろう。
しかし、現代では月への旅行が本格的に計画されるほど現実的なものになった。
これからの人々は、どのように月と関わっていくのだろうか。
1800年代よりも現実的な内容になるかもしれないが、それでも月へのロマンを人々はまだ持ち続けるだろう。
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https://ja.wikipedia.org/wiki/グレート・ムーン捏造記事(アクセス日2019年11月30日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・ハーシェル(アクセス日2019年11月30日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ザ・サン_(1833年創刊) (アクセス日2019年11月30日)
http://karapaia.com/archives/52226266.html(アクセス日2019年11月30日)
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Unparalleled_Adventure_of_One_Hans_Pfaall(アクセス日2019年11月30日)
三崎 律日「奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語」KADOKAWA、2019年