妖怪、特に日本の妖怪は、時に人間を救い、時に人間にちょっかいを出しながらも、基本的には人間と住み分けをして暮らしていました。

ですが、妖怪の中には時に両者のバランスを崩してしまいかねない程に人間に危害を与える存在がいます。このような凶悪な妖怪は、時には神に、時には人間に征伐されるのですが、その恐ろしい出来事は、物語や逸話となり後世まで語り継がれていくのです。

そうした大きな力を持った妖怪を、文化人類学者の小松和彦は『日本三大妖怪』と定義しました。

それらの共通項はただ一つ『中世の人々が、最も恐ろしいと思うだろう妖怪』です

1.最強の鬼、酒呑童子

大江山に住み、時折街に出ては酒を奪う、女性を攫うなどやりたい放題。京の都で暴威の限りを尽くした鬼たちの首領こそ、三大妖怪が一人である酒呑童子です。彼は、源頼光を始めとする侍達に差し入れと嘘を吐いて渡された毒入りの酒を飲まされ、動けなくなった所を討ち取られました。

一説によると酒呑童子は元々人間、それも非常に顔立ちの整った男だったそうです。

しかし性格は超が付くほど酷い物で、その甘いマスクと巧みな話術で数々の女性を誑かし、傷つけました。ある時、彼が貰った大量の恋文をいつも通り燃やそうと火にくべた所、女性たちの執念がこもった煙に巻かれて鬼に変貌してしまったそうです。

そんな経緯で鬼になった酒呑童子でしたが、鬼になってからは嘘を吐かず、実直で、酒と喧嘩が好きな鬼らしい鬼だったようです。

だまし討ち同然のやり方で自らを討ち取った源頼光に対して『鬼に横道なきものを』という遺言を残しています。

これは、鬼はそんな風な汚い事はしないという意味であり、鬼としての酒呑童子の矜持が感じられる発言です。こうした要素があり、近年の創作等でも愛される敵役となっています。

2.妖狐の賢将 玉藻の前

自ら暴力を振るうだけが人間に危害を加える方法ではありません。時の権力者を意のままに操る事もまた、効率よく人を破滅させる手段なのです。そういった権謀術数が得意な妖怪が玉藻の前です。日本だけでなく、アジア全土を股にかけて権力者を虜にしてきた傾国の美女……その正体は長い年月を経て変化の術を覚えた九尾の狐の妖怪です。

この妖怪は日本に渡来してきた後、時の権力者だった後鳥羽上皇に取り入って女官となり、贅の限りを尽くしながらも上皇を呪い殺そうとしました。

しかし、陰陽師安倍泰成にその正体が妖怪である事を見破られ、逃げ出した先で征伐軍に討ち取られます。

討ち取られた後、彼女は殺生石という石になり、なんと今でも毒素を放出し近くの生物を死に至らしめているのです。まさにオカルト界隈のシーラカンスといった所でしょうか。

また、玉藻の前は中国の小説『封神演義』に登場する妖狐、妲己と同一視されています。

妲己は当時の王に取り入って、炮烙(焼けた巨大な鉄を抱かせる処刑)や蟇盆(毒蛇等の爬虫類がいる場所に落とす処刑)などの残虐な刑を提案し、罪のない人を罪人に仕立て上げてそれらの処刑方法を実験したと言われています。

3.愛に殉じた鬼人 大嶽丸

別名は鬼神魔王、鬼で神で魔で王です。

その誉名に負けない力を持っており、たった一人で大軍を数年にも渡って足止めし、空を自在に飛び回り天候まで操る。更にその身体は三明の剣という道具の加護を受けており、加護がある間は決して倒せないと言うのですから、妖怪というよりはむしろ神に近い存在だったと思われます。

ですが、そんな大嶽丸にも手に入らない物がありました。それは、近隣の鈴鹿山に天下った天女である鈴鹿御前。

見目美しい彼女を自分の物にしたいと、大嶽丸は毎晩姿を変えて鈴鹿御前の元に訪れます……ですが、流石は天女。そんな誘いには一度も乗らず、大嶽丸を袖にし続けました。

ある日、大嶽丸のせいで足止めを受けていた武将の田村丸は、鈴鹿御前と出会います。何故か田村丸とは出会ってすぐに男女の仲になってしまった鈴鹿御前は、大嶽丸を倒すために田村丸に協力をすると申し出ます。そして、天女のサポートもあり、大嶽丸は田村丸の刀『ソハヤノツルギ』によって討ち取られました。

……この話、ちょっと大嶽丸が可哀想に思えちゃうんですよね。

好きだった女の人がポッと出の男と男女の仲になって自分を滅ぼそうと謀ってくる。

筆者がモテないからでしょうか、大嶽丸側に感情移入してしまってどうも鈴鹿御前が好きになれません。

4.考察

三大妖怪の共通点は『他の生き物と関わりすぎた事』のように思います。

人から奪い続けた妖怪、人を誑かし続けた妖怪、天女に恋してしまった妖怪、彼らはただ己の生き方を貫いただけだとしても、それでお互いの関係性に歪みが起きてしまい、争い合う事になった。これらのエピソードは妖怪と人間(天女)はやはり別の生き物であるという事を思い知らされます。

彼らが常識的に行う行為は、人間にとってはピーキーすぎるのでしょう。

妖怪は人間の領域を侵すべきではないし、逆もまた然り。

ヨーロッパでは妖精の事を「小さな隣人」と呼称しますが、人間と妖怪の関係というのも本来はそのようにあるべきなのかもしれません。別の生活を送って、時に隣家の話し声が聞こえてくる。そんな関わり方が生き方の違う我々の理想の形態ではないでしょうか。

追記:次回からは3大妖怪それぞれについて、掘り下げた記事を執筆していこうと思います。

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神代有

北陸オカルト会主催。オカルト全般を題材とした座談会である本会を運営する傍ら、オカルトライター、脚本原案としても活動中。2019.8.24に福井県にて怪談イベント『北陸テラーナイト』を主催。