前回、「幽体離脱」や「臨死体験」に関する実際の体験談をご紹介したが、
●幽体離脱や臨死体験とは何?~明日あなたに起こるかもしれない体験~
今回は「幽体離脱」や「臨死体験」が「どのような仕組みで起こるのか?」を考察していく。
幽体離脱や臨死体験に関する資料を探していたところ、1995年に筑波大学で開かれた「臨死体験」に関するシンポジウムの記事を見つけた。
●臨死体験の討論をめぐる考察
J-STAGEより
著者は1995年当時、桜美林大学で哲学を教えていた湯浅教授。
医学、工学、脳機能コンピューター開発、宗教などさまざまな分野の専門家が出席し、真剣に「臨死体験」について話し合った。
シンポジウムの論点は臨死体験が、脳の機能に由来する「脳内現象」か、それとも実際に現実で起こった「現実体験」か。
筑波大学社会医学・精神医学(当時)の小田教授は、臨死体験が脳の内部で起こった幻覚だという「脳内現象説」を主張。
作家の立花隆氏が臨死体験談を集めたの著書から事例を紹介し、
京都大学宗教学(当時)のカール・ベッカー教授は、臨死体験は単なる脳内の現象ではなく実際に体験した現実だという「現実体験説」の立場で意見を述べた。
ベッカー教授はシンポジウムで紹介された臨死体験の事例の中で、体験者がずっと同一の身体感覚を持ち続けていることに注目し、この感覚を「心のからだ」だと説明。
この感覚は臨死体験独自の特徴だと主張した。
電子技術総合研究所高分子部長・脳機能コンピューター開発(当時)の松本博士は脳内現象か現実体験かという二者択一ではない、第3の立場で意見を述べた。
科学実験や観察という自然科学では説明のできない経験は、一般的に無視されがちだが、第3の立場で見つめ直す必要があるとした。
筑波大学構造工学・航空宇宙工学(当時)の柘植教授は、いままでの科学者は実証主義で森羅万象がすべて説明がつくと信じてきたが、そんなことはまったくない。
臨死体験を精神世界で経験する「主観」だけに片付けてしまうことは、実際の現象を否定する理由にはならないとして、中立の立場をとった。
この記事を書いた哲学者の湯浅教授は、松本博士の考え方を支持し、脳内現象か現実体験かという二者択一ではなく、臨死体験が脳と関連した現象であることを認めた上で、「現実的な現象として説明できるか?」を検証すべきだと述べている。
作家の立花氏も「脳内現象説」を支持しているものの、臨死体験や幽体離脱時に通常では知ることのできない透視能力(体験者が臨死体験中に医師や看護師や医療機器の様子を上空から観察し、その光景が現実と細かい部分まで一致していたという事例)が報告されており、完全に脳内現象だけで説明するのは難しいと言っている。
前回の記事でも、夢で見たことが現実に起こる「予知夢」の体験談を紹介しているが、「予知夢」も脳内現象だけでは説明がつかない。
私も臨死体験や幽体離脱は「脳内現象説」や「現実体験説」だけでは説明できず、それを超える「第3の仮説」があると考えている。
以下に臨死体験や幽体離脱の仕組みを説明する可能性のある理論、脳は量子世界との相互作用で意識を形成しているという「量子脳理論」と、すべてに意識がありその集合体の創発としてわれわれの意識が形成されるという「自己シミュレーション仮説」の2つを紹介する。
「量子脳理論」とは、意識を量子力学の性質から説明する理論(wiki)。
代表的なのは、英ケンブリッジ大学の理論物理学者ロジャー・ペンローズ博士と米アリゾナ大学麻酔学者のスチュワート・ハメロフ博士が提唱している「意識はニューロンの発火によって生じるのではなく、神経細胞内の微小管(マイクロチューブル)(wiki)の伸縮が量子的に振舞うことで意識が生まれる」とする仮説。
ペンローズ博士とハメロフ博士は、神経細胞内の微小管が伸びた状態と縮んだ状態の2種類を取ることに着目し、この2種類が重ね合わせの状態で存在し、量子コンピューターの量子ビットのように振る舞うのではないかと考えた。
2人はこの微小管によって量子世界と脳とが接続されることで、われわれの意識が脳内に生まれると主張し、彼らの量子脳理論は「Orch-OR理論(Orchestrated Objective Reduction Theory)」と呼ばれている。
ペンローズ博士によると、量子によって形成された意識は通常はわれわれの脳内にあるが、死によって脳の活動が停止すると意識が脳外に拡散される。
ただし、本人が蘇生した場合には再び脳内に戻り、臨死体験は意識が脳外に出ていたときに体験した記憶だと説明している。
しかし「Orch-OR理論」の反論として、微小管の大きさ(0.0000025mm)はとても小さいものの、量子的な効果を起こす原子や電子に比べればまだまだ大きく、そのような大きさで量子効果を発現させるためには絶対零度近くまで冷やさなければならず、人間の体温(37℃)では難しいとされている。
「自己シミュレーション仮説」とは、科学者であり実業家のクレー・アーウィン氏率いる米ロサンゼルス「量子重力研究所」の研究チームが、スイスのオンライン出版社「MDPI」の発行する科学誌「エントロピー」で、今年の2月に発表したばかりの新しい「シミュレーション仮説」だ。
●量子力学の自己シミュレーション仮説解釈
2020/2/21 entropyより
もともと「シミュレーション仮説」は、
このまま科学がどんどん進んでいくと、われわれの子孫は宇宙全体の現象をシミュレーションできるコンピューターを作り上げるかもしれない。
いや宇宙のどこかではすでにそんなコンピューターが開発されていて、われわれはすでにそのシミュレーションの中にいるのかもしれない。
という仮説で、英オックスフォード大学の哲学者ニック・ボストロム博士が提唱し、宇宙旅行で有名なSpaceX社のCEOイーロン・マスク氏も支持している。
先日ツイッターに登場した日本で最も有名な未来人2062氏も、
●Q:並行世界を含め、この世界全てが量子AIのシミュレーション? 過去も現在も未来も同時に存在する?
2062:かなり鋭い考えだ。私たちは井の中の蛙なのだ。
と述べ、この世界がシミュレーションの可能性を示唆している。
●2062年の未来人がツイッターに登場!(新たな暗号の意味は?)
さて、ボストロム博士の元祖「シミュレーション仮説」と、アーウィン氏らが発表した新しい「自己シミュレーション仮説」の違いは2つある。
1つ目は、元祖がわれわれの意識も宇宙もすべて、脳や粒子などの物質から生み出されているという「唯物論」に基づいているのに対し、新しい仮説は、万物にはすべて心が宿っており、この世界はすべて意識から生み出されているという「汎心論」に基づいている。
2つ目は、元祖の仮説は、われわれの現実が何者かのシミュレーションによって生み出されていると説明するが、具体的に「誰が、どのようにして生み出したか?」については語っていない。
対して新しい「自己シミュレーション仮説」は、シミュレーション全体が1つの壮大な思考(Grand Thought)として機能し、誰の手も借りずに自ら生み出されたと説明する。
そして、われわれはその壮大な思考のサブ思考なのだという。
自己シミュレーション仮説の基礎となる「汎心論」は、「生命のあるなしに関係なく、万物は心あるいは心に似た性質をもつ」という思想だ。
わかりやすく言えば、ジブリ映画「千と千尋の神隠し」にも登場する「八百万の神」だ。
では、どうやってわれわれの宇宙が自ら生まれるのか?
自己シミュレーション仮説では、われわれの宇宙は「汎意識」が、ストレンジループに従って、自らを生み出すという。
・・・
・・・・・・
何のことかさっぱりわからない。
1つ1つかみ砕いていこう。
その前に、自己シミュレーション仮説を考える上でとても需要な概念である「創発」から説明しよう。
「創発」とは、各部分が合わさることによって、その単純な合計以上の特性が全体として現れること。
わかりやすく言えば、1+1が単純に2ではなく、2+αのボーナスが付くことだ。
「汎意識(Panconsciousness)」とは、最下層のサブ意識が積み重なって最終的に形成される1つの壮大な意識のこと。スピリチュアルでいう「ワンネス」の概念に近い。
われわれは偉大な汎意識のサブ意識である。
「ストレンジループ」とは、最も単純な思考が合わさることで1つ上の階層に新たな意味を加えた思考を創発していき、最終的に1つの全体「汎意識」を構成する。
だが、その1つの「汎意識」はそれぞれの階層の単純な思考の創発に依存するというループのような構造だ。
この創発的な思考には、時空や粒子のような物理的現実の元となる「創発的物理思考(EP)」と、愛や自我、ユーモアといった意識的(非物理的)な現実の元となる「創発的意識思考(EC)」の2種類がある。
最下層の創発的な物理思考EP(1)から順にEP(2)→EP(3)・・・へと階層が上がるにつれ創発性により+αの意味が付加されて複雑になる。
さらに複雑なEPから創発的な意識思考EC(1)→ EC(2)→EC(3)・・・が生み出されていく。
この階層の単位を i とすると、
i→ EP→ EC→ i → EP→ EC→ ・・・
はループを描くことで「鶏が先か? 卵が先か?」という因果性を考えることなく、普遍的な汎意識によって自己実現される。
自己シミュレーション仮説のストレンジループ
「The Self-Simulation Hypothesis Interpretation of Quantum Mechanics」の図を元にBTTPが作成
自己シミュレーション仮説では、われわれに「わたし」という主観的な意識がなぜあるのかも次のように説明する。
2020年現在地球上には77億の人間がいて、この世界を観測しEC情報を生成している。
この地球上には他にも多くの生命がいて、人間のようなEC情報までには至らなくても、EP情報を生成している。
コンピューターがインターネットのようなネットワークを介して分散コンピューティングを行うことで処理能力を向上させるように、汎意識はその意識を広めることによってそれ自体をモデル化している。
われわれサブ意識は、より高度な思考を生み出すために存在しているというのだ。
自己シミュレーション仮説は、意識が物質システムに依存することなく、時間を超えて存在できる可能性を示唆する。
自己シミュレーションによってわれわれは将来、生物的制限から開放され、テレパシーのように時空を超えてコミュニケーションできたり、汎意識のようなより高い意識とコミュニケーションができる「新しい形の思考」に進化できる可能性がある。
幽体離脱や臨死体験という現象は、われわれサブ意識が「新しい形の思考」に進化する過程で体験する現象なのかもしれない。
量子脳理論も自己シミュレーション仮説も、実証にはまだまだほど遠いアイデアだ。
しかしこの世界は時間や空間が基本的な構造ではないことが最新の物理学でわかってきている。
われわれの意識が脳から外に広がってこの時空を観測する臨死体験や幽体離脱が、100%脳内で起こる幻だとは断言できないことは確かだ。
●参考:『Back to the past』「幽体離脱や臨死体験とは何だ?(2)」(量子脳理論と自己シミュレーション仮説)