ジャンヌ・ダルクは英仏百年戦争の後期に登場したフランスの英雄であり、軍人、敬虔なカトリック教徒、そして悲劇のヒロインでもあった女性です。
現在でも多くの人々に信奉されており、カトリックでは聖人とも認定されているにも関わらず、実際にジャンヌ・ダルクが歴史の表舞台で活躍したのは約2年ほどでした。
ジャンヌ・ダルクにまつわる逸話は数多くありますが、残された史料からジャンヌ・ダルクの背景を見ると、「何故ジャンヌ・ダルクがフランスの英雄にまでなったのか?」という不思議な出来事が数多く存在します。
また、歴史問題としても百年戦争は非常に複雑な事情が絡んでいるため、ジャンヌ・ダルクの実像を一言で語ることは出来ません。
今回はフランスの国民的ヒロインにして英雄、そして悲劇の最期を遂げたジャンヌ・ダルクの実像を考えていきたいと思います。
画像引用元:ジャンヌ・ダルク
ジャンヌ・ダルクの詳細な生年月日はハッキリとしておらず、後に異端審問でジャンヌ・ダルク自身が話したことから生まれは1412年頃だとされています。
当時のフランス東部にあったドンレミ村という農村に生まれます。父の名前はジャックであり、母の名前はイザベラ・ロメ、兄妹が4人おり、末っ子、もしくは長女でした。
現在もフランスのドンレミ村にはジャンヌ・ダルクの生家が残されており、記念館になっているそうです。
父親は自作農を営んでおり、家計は比較的裕福だったとも言われています。ジャンヌ・ダルクは小さい頃から教会へ通っており、ミサには必ず出席するほどのカトリック教徒でした。
そして、ジャンヌ自身の証言によれば、1424年頃、つまり12歳くらいの時に「声」を聞いたと言います。
ジャンヌの証言では、大天使ミカエルと2人の殉教者の姿を幻視し、「フランスを救え」「オルレアンを解放せよ」「王太子をランスへ導き戴冠式を行え」といった内容のお告げが繰り返されたのです。
初めて声を聞いたのは12歳~13歳でしたが、次第に神のお告げだと確信したジャンヌ・ダルクは16歳の頃に「声」を実行に移すことに決めます。
これらはすなわち、オルレアンの解放とシャルル7世王太子の戴冠式という後に英仏百年戦争において重大な転機となった出来事です。
ジャンヌ・ダルクを知る上では非常に重大なのが、イギリスとフランスが争い続けた英仏百年戦争です。
百年戦争を全て解説するとそれだけで終わってしまうので、簡単に解説すると…
戦争が起こった背景はイギリスとフランスの王位継承問題とフランドル地域(現在のオランダ、フランダース)を中心にした経済的な問題であったのです。
フランスの王が亡くなったときに血縁関係にあったイングランドの王が王権を主張し始めたため、フランスの貴族は当然反発します。
この間に挟まれたのがフランドルでしたが、イングランドを商売柄支持します。
その後も各地で有力者が自由に動き始め、地域の一存でイングランドかフランスにつくという現象が起こり、結果的に100年以上の期間に渡って混乱を招きました。
さらに、フランスは国内でも分裂が起こっており、王位継承で揉めまくります。
国内ではペスト(黒死病)が流行するという混乱もあり、長すぎた戦いに疲弊していた時代に現れたのがジャンヌ・ダルクでした。
さて、ジャンヌ・ダルクの話に戻るのですが、彼女はドンレミ村に生まれた農夫の娘でした。その他一切の後ろ盾はなく「神の声」という理由だけで王太子であったシャルル7世と面会したのです。
ちなみに、初めてシャルル7世と対面したジャンヌ・ダルクは”まだ1度も戦場にも出ていない一般人”でした。
また後に異端審問になって分かることですが、ジャンヌ・ダルクは文字を書くことも出来ませんでした。満足に勉強などをしているような時代でも状況でもなかったのです。
これは近代で言えば、第二次世界大戦時の日本人の女の子が、いきなり皇室の継承権のある人に「神のお告げがあったから」と言って面会を求めるくらいの難易度です。
ではどうやってシャルル7世との面会を実現させたのか?
ジャンヌは16歳の頃から、聞いていたお告げでドンレミ村から北へ20キロほど離れたヴォークルールへ行くことと、そこに駐在している守備隊長に会うように言われていたそうです。
ヴォークルールは当時は比較的都市部であり、ジャンヌの母方の親戚なども住んでいたそうです。
ここにも複雑なフランスの内情があります。
当時のフランスでは、ブルゴーニュ派とアルマニャック派と呼ばれる勢力が内部で争いをしていました。ブルゴーニュ公と呼ばれた貴族達の集団でフランスの主権を狙っていたのがブルゴーニュ派であり、ブルゴーニュ派はイングランドの支援も受けて情勢を強めていました。一方、ジャンヌ・ダルクによってランスで戴冠式をしたシャルル7世はアルマニャック派でした。
アルマニャック派は元々オルレアン派とも呼ばれており、いわゆる正統な王の血統です。
フランス・ヴァロワ朝と呼ばれた時代の歴代のフランス王は、アルマニャック派の系譜であり、初代国王からの血を受け継いでいたのが第5代国王となるシャルル7世だったのです。
この2つの派閥は三代目の王であったシャルル5世が崩御した後に、分裂し、百年戦争でもお互いに暗殺をしたりされたりと、かなりの争いしています。
ジャンヌの出身であるドンレミ村や最初に目指した都市ヴォークルールも含むロレーヌ地方は勢いのあるブルゴーニュ派の影響を受けていましたが、ヴォークルールという都市は根強いアルマニャック派が残る場所でした。
何とかヴォークルールにはたどり着き、声に従って守備隊長に会うことも出来たジャンヌ・ダルクでしたが、最初は門前払いをされてしまいます。
しかし、最初にヴォークルールに入って以降も声は次第に行動を急かすようになりジャンヌは諦めず、何度もヴォークルールの守備隊長と話したそうです。
そんな中、ロレーヌ公のシャルルという人物(シャルル7世とは別人)がジャンヌ・ダルクの奇跡の噂を聞いて呼び出しています。
ジャンヌはナンシーという場所まで会いに行き、ロレーヌ公は持病を相談したとされています。ジャンヌ・ダルクはとくに医学的な治療はしなかったものの、「良き妻のところに戻るように」という助言だけをして謝礼を貰うと帰っていったそうです。このロレーヌ公はシャルル7世の義母であるヨランダ・ダラゴンと親戚関係にあり、ヴォークルールの守備隊長の直属の王権だったとされています。
最初はジャンヌ・ダルクを相手にしなかった守備隊長も、自分の従う王族がジャンヌ・ダルクを目にかけたことから、シャルル7世の滞在していたシノン行きを許可したという説があります。
初めてヴォークルールに着いてから約半年後、つまりその間にジャンヌは王族や貴族にも注目されるほど”何か”を行なっていたのでしょう。
ロレーヌ公と対面した後にすぐにシノンへ向かうことが許可されます。
画像引用元:空の旅
ここでようやくジャンヌ・ダルクは声に従ってシャルル7世と対面するチャンスを得ます。
既にこのとき、フランス北部にはオルレアンを後に包囲するイングランド軍も上陸しており、シノンへ着いたジャンヌ・ダルクに対しても非常に警戒されていました。素性の分からない辺境の少女が神の声を聞いて会いに来たと言ったためシャルル7世の周囲にいた貴族も反対と賛成の立場に分かれたのです。当時は刺客なども多い時代でしたから、当然の警戒と言えば当然です。
このとき、既に前述したシャルル7世の義理の母であるヨランダはジャンヌに好意的だったため、貴族達を抑えてある提案をします。
そこで、行われたのが有名な逸話の1つであるジャンヌ・ダルクが群衆からシャルル7世を見つけるテストでした。
数多くの貴族達の集まる部屋の中、いわゆる玉座には偽物のシャルル7世が座っており、本物のシャルル7世は群衆の中に紛れて様子を伺っています。
ジャンヌ・ダルクが本当に自身の言う通りに神の声を聞いた人物であれば、本物のシャルル7世を見つけられる筈だという行動による証拠を求めたのです。
この時のジャンヌ・ダルクの行動が、田舎の農夫の娘であった少女をフランスの英雄へと変化させる第一歩だったと言っても過言ではないでしょう。
ジャンヌは身代わりの王を即座に見抜き「あなた様は良い人ですが、王太子様ではございません」と言い、群衆に紛れたシャルル7世を見つけて「気高き王太子様」と声をかけたそうです。
見つかったシャルル7世はなおも「自分は王太子ではなく、彼こそが王太子だ」と言いますが、ジャンヌは「神に誓って気高き王太子様、王様はあなた以外のどなたでもありません」と答えたのでした。
これにより、シャルル7世はジャンヌ・ダルクを本物だと認め、その後しばらく2人だけで話しをしたそうですが、この時の会話は記録に残っていません。
この後も、まだジャンヌ・ダルクを本物であるかどうかは、貴族達の諸侯の間に起こります。
これには1つ理由があり、当時のフランスやイングランドはローマ帝国の影響を大きく受けていました。
つまりカトリックにおける正統性がなければ、ジャンヌ・ダルクを担いだことがシャルル7世の命取りになる可能性もあったのです。
そのため、場所をポワティエという所に移り、いわゆる異端かどうかの判定に処女検査が行われたと言われています。(当時は未婚の非処女=悪魔との契約者という決めつけがあったからです)
また、これらに加えて聖職者によって審問、そしてジャンヌ・ダルクが聞いた「声」についても慎重に判断されました。
その過程でジャンヌは「自分はしるしを見せるためにポワティエに来たのではなく、オルレアンで神から送られてきた兆(しるし)を証明します」と発言し、歴史的なオルレアン解放へと歩みを進めたのです。
当時まだ17歳頃の少女ジャンヌはこうして歴史の表舞台へと出ることになるのです。
参考図書
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