意外と知らない『モナ・リザ』の正体。最有力人物と5人の候補を紹介!

「世界一有名な絵画といえば?」

と世界中の人に質問したら、おそらく返ってくる答えは『モナ・リザ』でしょう。

なんせ「世界でもっとも知られた、もっとも見られた、もっとも書かれた、もっとも歌われた、もっともパロディ作品が作られた美術作品」といわれているくらいですから、現物を見たことがなくても、

  • テレビ
  • ネット
  • プリントされた何かしら
  • オマージュ作品

などなどで、必ず一度は彼女を目撃していることと思います。

そんな世界一知られている絵画なのに、まだ謎なんてあるのか?どれほどの謎なのか?なんで未だに解明されていないのか?

歴史ミステリー好きとしては、ひじょ~に気になるところ。

特に、誰もが『モナ・リザ』を知っているのに、

そもそも、モナ・リザのモデルって誰?

という何よりも重要な謎がこの絵画にはあるのです。

未だ唱えられているモナ・リザの正体に関する説について、いくつか紹介・解説して参ります。

そもそもモナ・リザって誰?

モナ・リザの正体は「リザ・デル・ジョコンド」というイタリア人女性といわれています。

イタリア語で”私の貴婦人”を表す「ma donna(マドンナ)」の短縮形が、「mona(モナ)」。

つまりモナ・リザは、”私の貴婦人(mona)、リザ(Lisa)”という意味になります。

モナ・リザ制作はリザの夫がレオナルド・ダ・ヴィンチに妻の肖像画制作を依頼したことがきっかけであり、夫目線で付けられた作品名ということになりますね。

ただ、謎を愛してやまない人たちは、モナ・リザの正体に様々な人物を挙げています。

その数、なんと10人以上。しかも、どの人物もそれっぽい理由付き…。

このうち代表的な5人について紹介していきます。

イザベラ・デステ

出典:Wikipedia「イザベラ・デステ」

イザベラ・デステは、ダ・ヴィンチが生きたルネサンス期の文芸・政治を代表する人物。

芸術をこよなく愛していたとされるイザベラは、当時大人気の芸術家だったダ・ヴィンチに自身の肖像画制作を依頼します。

このことからイザベラ・デステがモナ・リザのモデルではないか?」とする説が唱えられています。

しかし実際には、ダ・ヴィンチが彼女のために描いた作品は、下の素描(ドローイング)一枚だけ。

出典:Wikipedia「イザベラ・デステ」

遅筆なうえ興味の無いものに対し一向に手がつかないダ・ヴィンチの性格が災いして、この素描以外にイザベラ・デステを描いた作品は無し。

彼女は辛抱強くダ・ヴィンチに何度も肖像画を催促したそうですが、ダ・ヴィンチはこれをスルーし続ける始末。

イタリアを代表する貴族に対しても、この塩対応。さすがダ・ヴィンチです…。

ジュリアーノ・デ・メディチの愛人

イタリアの歴史を知る上で欠かせない人物が、ジュリアーノ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ

フィレンツェの僭主(君主)であり、またレオナルド・ダ・ヴィンチの友人でもありました。

  • イタリアを代表する人物だったこと
  • 政治より芸術が大好きな文化人だったこと
  • ダ・ヴィンチと深いつながりがあったこと

このことから、モナ・リザはジュリアーノ・デ・メディチが彼の愛人の為に依頼した」とする説もあります。

この説は一時期話題になりましたが、現在はリザ・デル・ジョコンド説が有力視されており、今は下火の説となっています。

カテリーナ・スフォルツァ

出典:Wikipedia「カテリーナ・スフォルツァ」

当時を代表する女傑「カテリーナ・スフォルツァ」も、モナ・リザのモデルかも?とされる人物の一人。

イタリア・ロマーニャ州フォルリの領主であり、フォルリ独立時代の最後を象徴する人物でもあります。

ダ・ヴィンチがモナ・リザを制作し始めたのが1503年~1504年頃であり、カテリーナがメディチ家の従弟と結婚した時期と重なることから、

  • ダ・ヴィンチとつながりが持てた人物
  • 当時を代表する女性

という点が関連付けられ、モナ・リザのモデルとして名前が挙がっています。

ダ・ヴィンチの母親説

レオナルド・ダ・ヴィンチの生家(出典:Wikipedia「ヴィンチ」)

レオナルドは5歳まで母親と暮らし、その後父親が再婚したことで義母と暮らしましたが、その義母も16歳の頃に亡くしています。

ダ・ヴィンチは、実の母親も母親の愛情もよく知らず、また生涯母親の愛情に憧れ続けていたとされています。

どんな姿か覚えてすらいない母親を想い、その想いが結実した作品が『モナ・リザ』であるとも言われています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ本人説

堅物おじいさんのイメージを感じるダ・ヴィンチですが、実は容姿端麗で機知に富み、ユーモアのセンスも抜群で誰からも慕われていたパーフェクト・ヒューマンだったとされています。

そう、まさに「肖像画のモデルとしてこれ以上の人物はいない」と思えるほどに…。

そんな彼が、理想的な女性を描くため自身をモデルにしたという説も、あながち間違いではないのかもしれません。

いろんな説があるから面白い

モナ・リザのモデル

最有力の人物は、リザ・デル・ジョコンド

その他の説として、

  1. イザベラ・デステ
  2. ジュリアーノ・デ・メディチの愛人
  3. カテリーナ・スフォルツァ
  4. ダ・ヴィンチの母親
  5. ダ・ヴィンチ自身

ほか様々な人物が挙げられている。

「モナ・リザの正体は”リザ・デル・ジョコンド”で決まり!」

と言われちゃうと、歴史の謎がまた1個消えた気がして、ワクワクが無くなっちゃいますよね。

歴史ミステリーを楽しむなら、謎は謎のままいろんな説を「あ~でもない、こ~でもない」と想像するほうが面白かったりもします。

どの説を信じるかは、あなた次第です!

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