これはかつて、京都府の山中で2人の主婦が凄惨な死を遂げた『長岡京ワラビ採り殺人事件』に関する記事の【パート2】です。本編をお読みになる前に、ぜひとも【パート1】をお読みください。

【未解決事件】『長岡京ワラビ採り殺人事件』を徹底解説 -1-

事件の解説

事件発生まで

事件発生:1979年(昭和54年)5月23日 水曜日


事件の被害者となった明石さんと水野さんであったが、2人は阪急京都線「長岡天神駅」からほど近いスーパーマーケット「イズミヤ(旧 いずみや)」長岡店に勤めるパート仲間であった。


2人が勤めていたスーパーマーケット (写真は現在のもの) ※2020年6月現在

事件当日、明石さんと水野さんは午前6時~午前10時まで勤務。生鮮食料品売り場で開店前の準備業務にあたっていた。
勤務終了後、2人は同店で弁当を購入。その足でワラビ採りへ向かった。このとき2人は目的地である「野山」へは自転車で向かっている。


後に2人が殺害され、事件現場となる「野山」とスーパーは直線距離で約2.5kmの位置関係にある

この日で明石さんはその年7回目のワラビ採り、水野さんはこの日が生涯初のワラビ採りであった。このことから、この日のワラビ採りは明石さんが水野さんを誘ったということが想像できる。
2人は山の麓にある「寂照院」近くに自転車を停め、午前11頃に入山した。


2人が自転車を停めた付近にある「寂照院」


事件当日に2人が辿ったルート (筆者による推測、各地点はおおよその位置)

2人の入山時における 目撃証言

寂照院近くの工事現場にいたガードマンや登山口周辺の竹林で作業を行っていた夫婦が2人の姿を目撃している。恐らくこの夫婦が、生前最期の朗らかな2人の姿をみた人たちである。

「野山」 殺害現場までの道のり (2013年)



殺害現場へと続く道


「野山」の竹林


鬱蒼(うっそう)とした場所もある


2人が昼食を摂ったと思われる場所 この付近で殺害されたとみられる

2人は入山後、ワラビ採りもほどほどに昼食を摂った。この日の長岡京市は晴れであったため、"天気もいいし、どうせなら"といいうことで、山頂付近で弁当を食べたと推察。しかしその直後、2人は危難に遭った挙句、人知れず惨殺されることになる。
恐らく2人はこの昼食後すぐに下山するつもりであり、その生死を分けたのはほんの僅かな時間であったと思われる。15分、10分、ひょっとすれば5分。もう少し早く入山していれば、もう少し早めにワラビ採りを切り上げていれば、昼食を摂ってすぐに下山していれば。

運命は変わっていたかもしれない―。

2人は昼食後すぐに下山する予定であった

2人はこの日早朝から仕事をしていることもさることながら、水野さんはこの日の15時半には保育園に子どもを迎えにいかなければならなかった。
こうしたことから、2人は昼過ぎには帰宅するつもりであったのではないかと本記事では推察している。

事件発生から遺体発見まで

事件当夜、帰宅しない妻を心配した水野さんの夫は夜の野山を捜索。一人暗闇の中、妻を捜したが見つからず。
24日の朝、明石さんの夫も捜索に加わり、懸命に妻たちを捜した。
そして同日15時頃、警察に捜索願を提出。これを受けた向日町署が直ちに署員30人を投入し、捜索を開始。この日の捜索は深夜にまで及んだが、2人の行方は掴めないままであった。

2人が行方不明となった2日後の25日、警察は午前9時から捜索を開始。この日の捜索は向日町署員はもとより、明石さんと水野さんの家族や同僚、地元消防団など合わせて120人体制、警察犬3頭の大捜索となった。
10時半頃、捜索隊は野山の山頂付近にいた。そして警察犬が反応、登山道から外れた雑木林の斜面で横たわる明石さんの遺体を発見した。さらに、明石さんの遺体から10メートルほど斜面を登ったところには水野さんの遺体があった―。


殺害現場はまさに地獄―。【パート3】に続く。