※これはかつて、家族が寝静まる深夜に自宅から7歳の少女が姿を消した『石井 舞ちゃん行方不明事件』に関する記事の【パート5】です。本記事をお読みになる前に、ぜひとも【パート1~4】をお読みください。

【未解決事件】『石井 舞ちゃん行方不明事件』の真相に迫る -1- 【考察シリーズ】
【未解決事件】『石井 舞ちゃん行方不明事件』の真相に迫る -2- 【考察シリーズ】
【未解決事件】『石井 舞ちゃん行方不明事件』の真相に迫る -3- 【考察シリーズ】
【未解決事件】『石井 舞ちゃん行方不明事件』の真相に迫る -4- 【考察シリーズ】

舞ちゃん失踪発覚後 事件の動き

※以下に登場するオレンジ色のライン緑色のライン青色のラインはそれぞれ同色に対応しています。

8月8日


Kが拘留され、取り調べが行われる。

Kが語る 事件当時の自身の行動

24日 22時30分頃 -Kの証言-
"友人に電話をするために公衆電話へ向かった
そして友人に会いに行くために車で郡山へ向かおうとするが、バッテリー上がりによって車が動かなかった。そして周辺をうろついた。その後、船引駅へ続く通りの自販機で缶ジュースを買って飲み、再び車のところへ戻った。ところが、やはりエンジンはかからず、車での移動を諦めて駅へと向かった"


公衆電話は石井さん宅から南にある。同時刻にヨシ子さんが外出するKの姿を目撃し、「Kが南へ歩いていった」という証言と合致する。とはいえ、石井さん宅から南には店や駅があったりと、なにかと用事を済ますためには南へ向かうのが自然といえる
賢一さんによれば、Kの車のバッテリーはそれ以前から上がっていて、元々動かなかったという。Kも当然それを知っていた

24日 23時00分頃 -Kの証言-
"郡山へ行こうとしたがすでに電車がなかったため、駅前でタクシーに乗って郡山へ向かった"


タクシーで船引駅から郡山駅まで

距離:約22km
所要時間:約25分
料金:約6,000~7,000円(1991年当時)

 


郡山行きの最終電車は20時05分であった

近隣住民による重要証言
Kが石井さん宅周辺をうろついていたと思われるこの日の22時30分から23時頃、電話ボックスの前に白い不審車両が停まっているのを近隣の住民が目撃している。この車両はボンネットが開かれた状態でエンジンがかけられたままであった。車内や周囲にこの車の持ち主らしき人物は見当たらなかった。
不審車両の停まっていた電話ボックスのあったこの場所は、石井さん宅の玄関がよくみえる位置だった
24日 23時40分頃 -Kの証言-
"郡山で友人を待っていたが来なかったため、仕方なくデパート前のベンチで夜を明かすことにした"
⇒Kによるとこの日親友から電話が入り、その彼から"精神に異常をきたした"と言われたという。そのことを詳しく尋ねるために、須賀川市に住む友人(親友とは別人)と郡山で待ち合わせた。結果的にこの友人は待ち合わせ場所に来なかったのだが、その理由は寝過ごしてしまったためであるという。
Kのこの証言は不可解である。まず、この事件が起きた1991年当時は携帯電話が一般的に普及していない。つまり親友からの電話があったことが事実であるならば、石井さん宅の固定電話にかかってくるはずである。しかし、この日そういった電話があったという石井さん一家による証言はない。よしんば親友から電話がかかってきたことが事実ならば、その場で事情を聴けばよかったはず。百歩譲って直接話を聴くのはまだ解る。しかし、なぜよりにもよって第三者の友人に事情を聴くのか。しかも、わざわざ深夜にタクシーでおよそ7,000円という大金を払ってだ。
素行の悪かったといわれているKがそれほどの友人思いであったのか。そもそもその親友は実在するのか。このKの証言は怪しい点ばかりである。尚、後に須賀川の友人が警察の取り調べに応じているが、その際に「Kとそんな約束はしていない」と述べている。
ちなみに、「23時頃、Kを郡山まで乗せた」というタクシー運転手の証言がある。さらに、郡山のデパート前で「Kに声をかけた」という客引きの証言がある。そのため、Kが24日23時頃に郡山へ向かい、朝までデパート前のベンチにいたという話は事実であるといえる。しかし郡山へ行ったその理由はまず間違いなく嘘である。

賢一さんによる気になる証言
賢一さんは事件当時のKの行動に違和感を感じると述べている。というのもこのときKは普段取らない行動をみせているという。それらは以下のとおり。

  • 黙って夜中に出かける
  • 郡山へ行く
  • タクシーに乗る

なぜ事件当時、Kは普段取らない行動をみせたのか―。


以上、【パート5】となる本編では、事件捜査の進捗状況、事件の重要参考人であるKの事件当時の行動をお伝えしました。さらなる事件の詳細は【パート6】にて。